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コラム 政治・経済

2011年04月05日

広報と危機管理

東日本を襲った未曾有の大災害。圧倒的な自然の威力をまざまざと見せつけられて、われわれが何となく持っている過信や傲慢が吹き飛ばされているような感じがする。さらに原発が安全に停止することに失敗した。すでに災害発生から2週間以上たち、東電、協力企業、自衛隊、消防、警察など必死に働く現場の人々の努力にもかかわらず、福島第一原発の4つの原子炉は非常に深刻な状態から脱却できるめどさえない。

この原発事故がどのような形で収束するのかは現時点で予測しようもないが、世界の原発史上でも最悪の部類に属する事故であることは間違いない。原子炉内にあった燃料棒の被覆が破損し、燃料棒そのものが溶融している。いわゆるメルトダウンである。

しかし当初から東電や原子力安全・保安院の対応は問題があった。東電は、原子炉の冷却ができなくなっていることを明らかにしたものの、どの程度の被害なのか、どういう見通しを持っているのかについてはあいまいな言い方を繰り返すばかり。保安院は保安院で、東電からの報告を伝えるだけで、保安院としての判断や東電への指示についてはやはりあいまいな言い方しかしない。

原子力発電所の原子炉が安全に停止していないということが明らかになったときから、テレビなどでは東電や保安院の会見が始まるとすぐに会見を中継するようになった。普通なら新聞記事やテレビのニュースで一部しか伝わらない会見を、国民はつぶさに見ることができた。しかし、しどろもどろになったり、ただちに健康に影響はないと繰り返す説明者の姿は、あまりにも頼りないものだった。都合の悪いデータを隠しているのではないか、という気分は会見場にいる記者たちだけでなく多くの国民が共有していたと思う。

広報とは一般大衆に対するメッセージの発信である。そしてこのような危機にあるときこそ、しっかりした情報発信をしなければ、信用もされないし、場合によってはパニックを引き起こす。今でこそ少し落ち着いたが、海外メディアがこぞって原発について厳しい書き方をした背景には、政府や東電の発表があいまいだったことが大きく影響している(東電は隠蔽体質だと指摘した海外メディアもある)。IAEA(国際原子力機関)の天野事務局長は、急遽来日して日本政府の情報の出し方に注文をつけた。

原子力安全・保安院や東電はなぜ「広報」に失敗したのだろうか。まず考えられるのは、危機に際して情報を素早く正確に知らせるという意識の欠如である。わからないことは説明できなくても仕方がないが、データは「影響がない程度」などと説明せずに具体的な数値を示すべきである。そしてデータのもつ意味をわかりやすく解説し、東電あるいは保安院としての判断を説明する。そして対策の内容を丁寧に説明すれば、もう少しましな評価が得られただろう。

今回のようにテレビカメラが入って生中継されるなどということは考えたことはなかったに違いないが、国民の目に直接触れれば、説明者がどれだけ確信をもって話をしているかは見透かされてしまう。それなのに、東電や保安院は目の前にいる記者たちへの対応に追われていた。記者たちから浴びせられる質問に「確認してご返答します」などという答えを聞かせられれば、国民はテレビ中継を見ている間に答えが得られないことに苛立ちを感じてしまう。

福島第一原発3号機への放水作業を終えた東京消防庁の職員3人が行った記者会見。原発事故が発生して以来、最も優れた記者会見だったと思う。現場に行った人だけが語ることができる詳細な事実が、聞いている人の胸を打つからである。命をかけて働いてきた人たちへの敬意の念も自然と生まれてくる。

東電の本社や保安院では残念ながらこうした広報をすることはできない。それでもすべてのデータを公表し、的確(と思われる)な評価や判断をして話せば、もう少し記者にも分かりやすくなっただろうし、一般の視聴者も納得したかもしれない。

危機管理や広報は、その真価が問われるのは危機に際したときである。たとえば危機管理などは通常の状態ならほとんど仕事をしていないように見えても不思議はない。平穏無事ならば出番はない。そうなるとその人に対する評価は一般的には下がるのである。なぜなら「何もしていない」ことに対して評価するのは、日本の人事評価制度では難しいからだ。それだけに経営のトップ自身が、危機管理担当者をしっかりサポートしてやらないと、組織の中で浮いてしまう。

東電や保安院の広報担当者には気の毒だが、彼らの果たしてきた役割を積極的に評価することはできない。むしろ他の組織や企業は、「反面教師」として何を教訓にするかということだろうと思う。いちばん大事なことはある意味で簡単である。「正直かつ誠実」であること。これさえあれば、「現時点ではわかりません」という言葉も素直に受け止めてもらえる。東電や保安院の会見は、少しはましになっているが、依然として目の前にいる記者たちに話しかけるという構図に変化はない。彼らがテレビカメラの向こうに1億人を超える日本国民、そして何十億人という外国の人がいることを知ったら、もう少し対応が変わるだろうに、と思えてならない。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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