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2010年11月10日

ノーベル賞受賞から見えること

鈴木氏「留学のススメ」
 日本人2人がノーベル化学賞を受賞したことは、何かと暗い話題が多い中で大変元気づけられるニュースだった。先日、受賞者の一人である鈴木章氏(北海道大学名誉教授)の話しを聞く機会があった。日本経済や科学技術の現状を考える上で含蓄のある内容だったので、その一端を紹介しよう。
 まず鈴木氏が強調していたのが「留学のススメ」。今の学生や若者の海外留学が減っている現状に懸念を示し、「留学の効用を伝えたい」と語っておられた。鈴木氏自身は1963~65年、北海道大学工学部助教授時代に米国に留学し、そのときの研究が今回のノーベル賞受賞につながっている。鈴木氏が米国に留学するきっかけとなったのは、たまたま書店で見つけた1冊の本との出会いだった。有機ホウ素化合物の合成反応について書かれた英文の本で、買って帰ったその日のうちに徹夜で読んだという。普通は「専門書を徹夜で読むことは、まずない」そうだから、それほど引き込まれる内容だったらしい。そしてその本の著者に「先生の下で勉強したい」と手紙を書いた。その著者が米パデュー大学のブラウン教授。後にノーベル化学賞を受賞した人で、鈴木氏はブラウン教授の下で2年余りの研究生活を送った。このことが今回のノーベル賞受賞の基礎となったのだった。
 鈴木氏はこうした留学生活を振り返りながら、直接的な研究成果だけでなく、多くの外国人の友人が出来て今でも交友が続いていること、新しい世界を知ることが出来たこと、そして英語の勉強にもなるなど、留学には多くの効用があることを力説しておられた。
 日本人が海外に行く機会はまだあまりなかった時代に、自分から手紙を書き留学するという鈴木氏の意欲とチャレンジングな姿勢には驚かされるが、鈴木氏は「幸運がやってくるチャンスは誰にでもある。しかしそれをうまく生かすには、注意深い心と一生懸命やろうとする努力が必要」と説く。留学が減っているのは、最近の若者に安定志向が強まっていることや日本社会全体に内向き志向が強まっていることが背景だろう。これでは、鈴木氏の言う幸運のチャンスを逃してしまう。

若者の理科離れ、科学技術行政にも警鐘
 
もう一つ、鈴木氏が懸念していたのが「若者の理科離れ」。筆者は文科系出身だが、鈴木氏の「日本のような資源のない国は工夫して新しい物を作り、それを世界に輸出していかなければならない。そのためにはサイエンス、テクノロジーが欠かせない」との発言にはまったく同感だ。
 この懸念は現在の科学技術行政への批判にもつながっていく。鈴木氏曰く「最近のノーベル賞受賞が増えているのは明治以来の教育・科学の成果がいま花開いているもの。今日予算をつけたからと言って明日成果が出るものではない」。現在の事業仕分けはあまりにも短期的な発想で行われており、「間違っている」と批判した。温和な語り口の鈴木氏にしては厳しい口調だったのが印象的だった。

日本の基礎研究は向上したが、製造業は…
 
やはりノーベル賞受賞者の言葉には重みがある。鈴木氏が言及したことは、いずれも現在の科学技術にとってゆるがせに出来ない重要なテーマばかりだ。同時に、これを日本経済という観点から考えてみた。よく「日本は応用技術や製造技術は優れているが、基礎研究では米国などに比べて弱い」と言われる。だが最近の相次ぐノーベル賞受賞は「基礎研究でも日本は捨てたものじゃない」と思わせるほどだ。2000年以降、ノーベル賞の理科系(物理学賞、化学賞)を受賞した日本人は10人にのぼる。
 受賞の内容を見ても、例えば今回の鈴木氏の研究は、パラジウムを触媒として炭素同士を効率よく結合させる合成技術(「鈴木カップリング」と呼ばれる)で、これをもとに高血圧剤や抗がん剤、エイズ治療薬などの医薬品分野、さらに液晶やLEDなど幅広い分野での開発と普及が進んだ。換言すれば、鈴木カップリングがなければ今日のように液晶テレビなどの普及はなかったかも知れないぐらい、まさに基礎技術なのである。最近の日本人は何かと自信を失いがちだが、これは誇れる、そして希望の持てることだと言えるだろう。
 しかし喜んでばかりもいられない。同時に、別の懸念も指摘したい。それは日本の基礎技術が強くなったのとは逆に「日本は応用技術や製造技術は優れている…」の部分がやや怪しくなっていることだ。「鈴木カップリング」の応用分野である医薬品の世界市場ではメルク、ファイザーといった海外メーカーが圧倒的な強さを誇っているし、液晶でも今では日本メーカーは韓国や台湾勢に押されている。その原因は応用技術や製造技術という要素だけによるものではないが、日本の製造業が持っていたはずの強みがぐらついている表れとも言える。
 さらにもう一つ、「基礎技術は本当に強くなっているのか」という点である。今回の受賞理由となった「鈴木カップリング」は1970年代の研究成果であり、最近の他の日本人の受賞も過去の研究に対してのものが多い。つまりノーベル賞受賞をもって現時点で日本の基礎研究の水準が高いとは、必ずしも言えないということだ。(もちろん全体として水準が向上していることは間違いないのだが)
 こうしたことを考えると、基礎から応用、製造に至るまで日本の科学技術と製造業をもう一度強くすることの重要性が浮かび上がってくる。日本経済がもう一度元気を取り戻すには、政府も民間企業もそれに本気で取り組むべきだ。今回のノーベル賞受賞はそれを教えてくれている。

岡田晃

岡田晃

岡田晃おかだあきら

大阪経済大学特別招聘教授

1947年、大阪市生まれ。1971年に慶應義塾大学を卒業後、日本経済新聞社へ入社。記者、編集委員を経て、テレビ東京へ異動し、「ワールドビジネスサテライト」のマーケットキャスター、同プロデューサー、テレ…

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