2016年09月06日

リオ五輪、井村監督の復帰で日本シンクロ復活のメダル

 リオデジャネイロオリンピックは大会初日から連日のメダルラッシュで、日本国中大いに沸きましたね!始まる前は、ブラジルの治安や医療体制、警備をする公務員のボイコットの可能性や政治の不安定など懸念材料が多く報道され、日本でのムードもいまいち盛り上がりに欠ける感じでした。しかし始まるとドカーンっと一気に盛り上がり、終わってしまった今は、なんだかぽっかり心に穴が開いたようでとても寂しいです。これは、もしかして〇〇ロス・・・というものなのでしょうか(笑)。

 各競技、一人一人の選手とコーチにストーリーがあるのでその数だけ感動を味わわせて頂いたのですが、やはりというか、言わせて下さい。シンクロ復活のメダルのことを。

 私の恩師、井村先生がシンクロ日本代表監督に復帰されたのが一昨年のこと。紆余曲折あって再び指揮を取られることになったのですが、当初、井村雅代先生は日本代表の選手達の体を見て愕然としたとおっしゃっていました。脂肪がつき過ぎている・・・だったのです。私が引退したのが12年前のアテネオリンピック後。それからシンクロ界はどんどん進化し、より速く、より高く、チームのリフトなどはよりアクロバティックに変わっていきました。それに対応するには、私の時代の頃のように浮力や見た目を大きくするために脂肪をある程度つけるというやり方では動きが鈍くてダメ。鉛筆を尖らせたような脚の形を作り、持久力や筋肉のパワー自体もかなりレベルアップした数値を目標に取り組まれました。リフトのジャンパー役の選手は体脂肪率12%~13%。リフトの土台になる選手(ガッチリ体型)でも18%以内と定めていらっしゃいました。ちなみにアテネの頃は、私は19%ありました。他の選手には20%を超える体脂肪率の人もいました。当時はこれが良かったのです。一つ切り取ってもこうしてみると随分変わりましたよね。

 ご存知のように井村先生は、中国やイギリスでの指導の時期を経ておられます。元々持っていらっしゃったノウハウに、さらに新しい情報と世界から見た日本というものを自らが体感されたことを組み合わせて、先生ご自身がさらに進化を遂げているのです。また、シンクロ関係者ではない横の繋がりを持っていらっしゃるのも先生の強みです。雑技団やシルク・ド・ソレイユなどでアクロバットの指導をされている方を招き、フィジカル面と柔軟性の強化、そしてリフトの跳び方、土台の耐え方など実践的領域にも手ほどきを受け、様々な手法を用いて、これまで日本が苦手としていたリフトを世界のトップと引けを取らないレベルに引き上げられました。さらに、作曲家による音楽提供により、日本人によりフィットした雰囲気や鍛え上げた技術をより引き立たせるようなテンポ、効果音を使って、日本独自の路線を打ち出されました。水着のデザインや使用布地の発色も、井村先生が描くイメージをメーカーの方々が細部に至るまで具現化を目指し完成に漕ぎ着けたと伺っています。今回のリオの日差しと焼けた選手の肌に、本当に似合っていて恰好よかったですよね。

 今回のリオでのシンクロは、どうしても着目点が井村先生の復帰によってどう変化したのか?ということになってしまいますが、選手も皆、それぞれの葛藤と戦ってきました。じりじりと順位が下がり自信喪失の時期、井村先生の指導を受けたくとも叶わなかった時期、低迷期から這い上がるための死にものぐるいのトレーニングの時期など、本当に山あり谷ありの競技人生を乗り越え、身も心も鍛えに鍛えて今回リオの舞台に立ちました。どんな心境であの場を迎えたか選手の皆のみぞ知ることですが、私が観た選手の皆はとにかく勇ましくピッカピカに輝いていました。演技内容も本当に素晴らしかった!

 東京オリンピックまであと4年。選手それぞれ進退を考えていると思いますが、井村先生の「もっと輝く色のメダルを目指せる!」とおっしゃっていたのが印象的です。今はひとまず疲れた体を休めて英気を養ってほしいと思います。