2004年10月13日

三流の一流

―― 『三流の一流』タイトルについて
 最初はわかり難いかな?と思った。「三流の中の一流」っていえば、わかりますよね。『三流の一流』だとわからない人もいるんじゃないのか?すごく不安だったので、いろんな人に意見を求めたら、若い人たちに『三流の一流』の方がいいって評判でしたので、決めました。

一流が良いに決まっていますよ。世の中みんな、自分の子供には一流になってほしいでしょ。でも限られた人しか一流として認められないですよ。当然そうなんですが、そこに達しない大勢の人達の頑張り方を表現したかったんです。

 

―― キートン山田さんの教育方針、指導の姿勢についてキートン山田
 とりあえず三流の一流を目指せ!ということですね。その中で、それぞれ自分でさらに上を目指せば良いと思うのです。自分の子供も含めて、あきらめが早い子が多いです。これは自分に叶わないなという調子で、あきらめてしまう。いいじゃないか、三流の中のでも一流を目指そうよ!その中でも“光れる”ことは素晴らしいことですよ。そういう頑張り方って大事じゃないですかね。


超一流をいきなり目指すのではなくて、まずはド素人ですから、三流の中でも一流になれればいいじゃないかという気持ちでそれなら自分にもできるかも、と思ってもらえればという気持ちなんです。完璧は難しいですよ。それで自信を無くしたら元も子もない。もったいない、三流の一流もアリだと自信をもってほしい。

 

―― 現在、キートン山田さんが一番熱中していることは?
 僕もまだ三流の一流に到達してないわけで、たぶん一生涯そうだと思う。その中で、ちびまる子ちゃんも10年、これから先の、ナレーションやるのはあたりまえ、CMなどもこの年で良くやるなぁーということを見つけたい。現在企画の段階で進行中、CDを出す、歌あり、語りあり、まだまだ現役である事を、若い人にも見せていきたい。CD出すのも、僕の発案で、冗談半分の中で、誰かが喰い付いて来ないかなと思いつつやっています。売れる売れないではなくて、若い人たちとCDを作っていくことを一番挑戦したい。

―― CDは初めてですか?
 初めてなんです。すごく怖いというか、不安というか、つくりあげる過程の中で、いろいろな人と出会いがあるのですばらしいこと。もちろん売れた方が良いね、やったぞ!という物をのこしていきたい。

―― CDが売れる売れないのほかに、仕事への不安はあるのですか?キートン山田
 いつもあります、考えたらきりがない。不安材料の方が多いでしょうね。僕に仕事が無いときに聞いたことでアメリカ人は走りながら考える、日本人は全部考えてから走り出す、どちらが良いか、走りながら考えているところがあるので、あまり立ち止まって考えないようにしています。残りの人生短いし、走りながら倒れようと思っています。

三流の一流の中で、若いとき(仕事が無いとき)金銭的にも相当ご苦労されてますね。電車も乗れず(運賃節約)歩いてスタジオまで行ってたんですね。自宅から浅草まで2時間半、朦朧としながら歩いていました。悩んでいる時に体を動かすことで救われますね。じっとしていると、悪い事が膨らむんですよ。土手の上を歩いたりすると、気持ちが晴れますよね、行動してわかりましたね。じっとしていても同じだし、電車賃もありがたさとかね(笑)同じことをもうやりたくないですよ、毎日戦いですよ。

 

―― 苦労させるようなスパルタ教育的なことはするのですか?
 いや、やってません。まず子供には通用しません。何かで苦労しているときには、おめでとうといってあげる。人が出来ない思いを、そのときに知れる。それが自分の財産になるからね。その時やってわかるんでしょうね。役者にしてみると、芝居の深みとして出てくる。

―― 劇団フリースタイルを主宰してますね。結成した時のキートン山田さんの思いは?キートン山田
 ある声優学校に講師として行っていて担当したクラスの生徒40名位いるんです。2年たつと卒業なんですよ、でもみんな声優やりたいけど、卒業して終わりなんですよ。そこからどこかに所属できるという人はいない。それから、とうてい声優なんかなれそうもないわけです。学校ですからその中に何とかなりそうだなという人が数人いる。どうするんだと聞くとどこも行くところが無い。

自分もそういうことを経験していますから、19才のころから養成所みたいなところに残ってなんとかなるだろうと思っても全然なんとかならない、そういうところは。学校はお金だけとって卒業、はい、さようなら。そういう気持ちがあって、じゃあどうだ!劇団みたいなのつくってやってみないかと声かけたら、やりますと2~3人いました。もうちょっと人数集めろということで7人になった。

それは7年前ですね、そこから夢捨てた人は別に来なくていい。まだやりたいと思っている人はこの仕事で生活できるようになれば一番いいんですよね。そういう場所をまず提供しようと思った。それから自分自身も若い連中と芝居を語ったりして出来るだけふけないように若い人と接して行こうという意思もあって、いわゆる劇団という芝居ばっかり考えるのではなく、いろんなことを緩やかに、マスコミをめざす人間が育つような楽しい芝居を心がけようということで始まった。

―― キートン山田さんが若いときに、先輩と朝まで好きな芝居のことで語り合って寝る暇も無かった、今の若い人もそのようにしていますか?
 あんまり無いですね。こちらが与えられればやりますけど芝居とか将来の夢で語り合っている姿を見ないのが残念です。ゲームとかカラオケとかであまり人の心に入らない会話で仲良くやってますよ。ちょっと突っ込んだ、例えば「人生」なんていったらいっぺんに乗ってこない世代ですよ。でも、嫌われても、生活のために自分の経験を語るんですよ。

自然にしみこむものですよ、7年経ちましたけど少しはしみているのかな?少し最近は突き放していますけど、たまに顔出しながら、あまり言い過ぎても駄目ですげど、育てるのは大変だなぁ思います。

芝居をやっていて、あと一週間後に本番だなとなると、いやでも全員本気になりますけど、それが経験できる若い連中は幸せだなと思いますね。終わると皆、元に戻るんですけど一番腹立つんですけど、積み重ねをわかっていないのか?と思いますよ。本当は成長してるんでしょうけど親の目でみていますので、いつまでも駄目だなと思うんです。

―― キートン山田さんと同世代のかたで、若い世代の人との間をうめる努力をしている人が少ないのでは?
 それも確かにありますよね。多分、さらに上の先輩との付き合いをしていないのでしょう。小言を言われていないために、小言を言うこともなくなってしまうのでしょう。自分の経験を語るしかないでしょう。それ以上のことは、別なところで読むなり、聞くなり、してもらうしかないですね。

―― 劇団の若い俳優さんの中に、キートン山田さんがちびまる子ちゃんに出会ったような、そういう芽の出そうな人はいそうですか?
 それはこれから、2,3年の間に出てくると思います。そういうチャンスはあるんだが、それが気づかなかったり、すぐそこにあるのに、振り向けなかったり、チャンスは留まってないので、それをつかむ人がいるかどうかでしょうね。実力も必要でしょうけど、チャンスをものに出来るかどうかでしょう。そのための準備をしておけとは全員に言ってます。せっかく来たら驚いて、「それは無理です」では終わりだぞ。いつ来てもいいように心の準備をしておけ。その為に何をしたら良いかを「自分で考えろ」ということですよ。

―― キートン山田さんのちびまる子ちゃんと出会うときの心の準備は?キートン山田
 若い頃は仕事がそれなりにあって、かなりいい気になっていた時に比べれば、谷間に落ち込んで、もう一度這い上がろうとしていたときの事でしたので、気持ちがまったく違う。

こんなにピッタリ合う仕事に会えるのか、人生に一度あるかないかですよ。私のキャラクターがどうのこうのということではなく、天の声が導いたのでしょう。ここにたどり着くまで、止めずにこの仕事を続けてきたことだけが自分の力でしょうか!それ以外は、原作者もこんなナレーターがまさかピッタリはまるとは思ってなかったでしょうね。出会いの大切さを感じますよね。

劇団にも、役につけない、いつも代役の人がいますよ。本番に出れないわけですが、だけどあいつが病気になったら、君しかセリフ覚えているのがいないわけだから、いつ役にまわされるのか準備はあいつ以上にしておかないと自分をPRできないぞ。かりに病気しなくても君のためになるんだ。そうとらえて努力してないとダメでしょうね。

それが出来るのかどうか、夢でしょうね。あきらめない事です。目先のことばかり考えていると出来ないことです。

―― 「三流の一流」からキートン山田さんの言うプロ意識について聞かせてください。
 決めることでしょう。自分の道はこれだ!と決めること、それがプロ意識でしょう。いろいろやってどれか自分に合うことを決めようとしているうちは、プロでも何でもない。決めたときからプロでしょうね。最初稼げないでしょうから、決めた後からお金がついてきたら、人も認めるプロになれるわけ。またそういう自信がもてるかどうかも大事でしょう。この本(『三流の一流』)の反響が良いのは私の経験から分かりやすく、無理なくそんな自信がついてくることだと思います。いますでにプロの方でも、谷間にいる人がこの本(『三流の一流』)で勇気付けられたとも聞かされたので、大変うれしく思っています。

――ありがとうございました。


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