2005年05月01日

伝えるということ

武田ビジョン=私が見つめる目線の先にあるもの。
これをコンセプトに、また新しく連載を始めさせて頂くことになりました。セカンドキャリアをスタートし始めたばかりの生活の中で、自分が今、見て、聞いて、五感のすべてで感じていることや、興味のあることをみんなひっくるめて、これからの自分探しの旅をセルフレポートしていきたいと思います。

人のそんな話興味ないっ!そんなことおっしゃらずに、是非、一緒に楽しくて刺激的な時間を共有してもらって、それが知らず知らずのうちに皆様の中での自己への"気づき"や"発見"のきっかけ作りになればいいなあと、そんな連載ができたらいいなあと思っています。そしてもう1つ。この連載を通じて、きっと私は変わって行きます。私自身、それが楽しみでもあり、人としてもっと魅力的に成長する努力は厭わないつもりです。その辺りも、乞うご期待!ということで、皆様どうぞよろしくお願いします。

第1回目の武田ビジョン。今回は「伝える」ということについて。私は今までシンクロという競技を通して、言葉ではなく全身の動きで人に訴えかける、感動を伝える取り組みをしてきました。それはそれなりにやり甲斐と人生を懸けてもいいと思える価値がありました。その競技生活を引退して、まず挑戦させて頂くことになったのが「講演」。

今度は身体表現ではなく言葉での表現です。初めての講演講師としてのデビューは、とある中学校でした。その中学校の校長先生や教職員の方々、保護者の皆さんはとても熱心に子供達の教育に取り組んでいらっしゃって、これまでも有名なスポーツ選手などを招いて、毎年講演会の機会を設定されているとのことでした。

学校関係者、全校生徒全て勢ぞろいした体育館の舞台の上で、これまでの自分の経験に基づくお話をする訳なのですが、これを約1時間、一人で話を進めていく難しさに、正直初めはくじけそうになりました(笑)。壇上に立ったときの緊張感はオリンピックのそれとは異質のもので、背中に汗が「つつつーー」っと流れるあのときの感覚が今この瞬間も蘇ってきます。

とにかく私は、事前に自分なりに考えてきたことを、その空間にいる大勢の人に届くようにと願いながら話し始めました...。話しながら感じたことは、まず、いつもの会話のように相手がいて発展して流れていくものではないですから、自分が「~でした。」「~ました。」と完結した言い方をしてしまうと話が途切れてしまうのです。

この日、典型的なその状態に陥ってしまい、途中で言葉に詰まり何も話せなくなってしまって、沈黙の数十秒を作ってしまいました。ああ...。緊張のあまり、アドリブがまったく利かないのです。接続語すらこのときばかりは出てきませんでした。私にとっては針の筵に座っているような居心地の1時間がなんとか終わりました。聴いて下さった皆様にとっては1回きりの大切な時間なのに、私はよりよい時間、希望、元気を提供することができませんでした。

緊張の疲れと、自己嫌悪で帰りの道のりは放心状態。ですが、一緒に同行して下さったぺルソンの社長さんが、今日のよかったこと、次に改善すべきことを、わかりやすく指導して下さったので、少なからず講演恐怖症!?からは救われたようです。(本当に有難うございます。)

私は、話すこと自体はずっと好きでした。幼いころから家族ともよく会話しました。話すことで、自分の考えが整理されていくことを、私は選手生活の中で学びました。考えが整理されると自分の取り組みのスタンスも明確になり、それによって多くの壁をクリアすることができました。しかし、この講演の活動は、先ほども述べたように相手がいてそのやり取りの中から答えを見つけるのではなく、すでに自分の中にしっかりとしたまとまりのある考えができていないと、話を進められません。

それから私は、選手のとき以上に客観的に自分を見る時間を持つように心がけました。この活動を始めることで、私は違う自分と出会えた気がします。「あっ、このとき私は本当はこう思ってたのかもしれない」とか、気づくことも多いです。そして、話すことが、シンクロと通じる部分がこんなにもあるのかという驚きもありました。

人に何かを伝えたい気持ちは、自然と表情や身振り手振りにも表れる。これも、講師デビューのあの日に、ぺルソンの社長さんから教えていただいたことです。整理されたスムーズな話の流れ、声のトーン、間、表情、アクション。これらに完成形はないと思います。これも、シンクロで感じていたことと同じ。楽しんで、探求していきます。