2009年05月08日

解説10年目で思うこと

 大相撲の解説をさせて頂くようになってから時が経つのは早いもので、今年で10年目になる。私が相撲協会に所属していたのは9年半だったので、解説業の方が長くなった形だ。

  ちょうど平成11年11月の九州場所。
私の番付は十両10枚目で、下は3枚しか残っていない正念場だった。私は幕下に落ちたら「即引退」 と心に決めていたが、千秋楽の相撲に破れて幕下陥落が決定的となり引退を決意した。親方として後進の指導をする事を考えたが、タイミングが悪くその時期は年寄名跡(※1)籍が余っていなかったので、今後の進路で大きな壁にぶつかった。
しかし当時の師匠・出羽海親方(元横綱・佐田の山)から『大相撲界を中で支える人間も大事だが、外から支える人間も大切だ。お前だったら出来る』との言葉を頂き、お世話になった相撲界を去る決意が生まれた。悩んでいた私の目の前に光明が射し「外」で働く事になった。

  解説をさせて頂くのはとても光栄なのだが、初めの頃は一つ気掛かりな事があった。それは横綱・大関の解説をしなければならない事だ。私の最高位は小結。大相撲の世界は番付が全てだ。実績の無い私が果たして横綱の解説をしても良いのか。と言う気持ちがあった。
しかし、ふと他のスポーツ中継を見ると現役時代に大きな実績等を残していない解説者が楽しそうに伸び伸びと話して、しかも選手を褒めるだけでなく時には厳しく苦言を呈していたりした。
 
 そこで様々なスポーツ中継を比較して見ていると、「プロとは何か」「どうあるべきなのか」を伝える為に、解説者は知識を持って勉強し、取材をして発言していかなくてはならないと感じ始めたのである。私は良くも悪くも、今まで自分の感じた事をストレートに放送にぶつけてきたのか。半分も出していなかったのではと、自身の解説を省みるようになった。もっと掘り下げると、相撲協会の強面の親方衆の顔色ばかりがちらついた解説をして、視聴者に向いていなかった。
「誰の為の放送か」「誰に一番楽しんでもらわなくてはならないのか」を考えた時、やっと呪縛から解き放たれたように感じた。

  その後、私はアナウンサーとのやり取り以外に、向正面の解説から正面解説(※2)へ。または正面から向正面へと問いかける、大相撲中継では初の試みを行った。一つのテーマを取り上げて、ちょっとした議論の場を作り、各人の意見の違いを楽しむものだ。どの意見が「正解か」と言う事ではなく、それぞれの親方にそれぞれの持論があり、感心させられる話や体験談もあるからだ。このようなやり取りは視聴者に、より一層中継を楽しんで頂けると思ったからだ。

  特に解説で心掛けていることは、放送中にお茶の間で相撲を見ている視聴者が「何を求めているのか」を意識した細心の注意。もう一つが、取り組みには直接関係無いかも知れないが、力士のちょっとしたエピソードを伝えるサービス精神。

また「いい相撲ですね」と言う言葉はなるべく使用しない様にしている。この言葉を私が使った時はサボっていると思って頂きたい。又はあまりにもつまらない取口(相撲を取る手口、とり方)で解説に困っている時だ。この言葉が出た時は、是非苦情を頂きたい。

  外国人が上位を占める中で、土俵狭しと動き回り、言葉では表現しきれない解説者泣かせの日本人力士が出現する事を、私は心より願っている。


※1 年寄名跡...日本相撲協会の「年寄名跡目録」に記載された年寄の名称。
          年寄名跡は、日本相撲協会の役員になったり、
          相撲部屋を作り弟子を養成するために必要な資格。

※2 向正面と正面...向正面は、相撲用語で正面の向かい側を指す。
            取組で行司が立っている側。
            正面側は方角としては北に位置すると割り当てられ、
            向正面は南に割り当てられる。