2009年10月09日

二つの祭

 突然の覚せい剤に関わる事件とやっと決まった衆議院総選挙、この夏は色々な出来事で大変なお祭り騒ぎになった。今回だけではなく、テレビでこのような大きな事件等を見ていると不謹慎であるが何か、高揚してくるような胸騒ぎがあって、LIVEでドラマを見ているような感覚になる。

 先ず、突然のママドル・タレントの覚せい剤事件。詳細は皆さんもう十分ご承知の事と思うが、彼女が逮捕後、公の場に出てくる時にどのような表情や態度を取るのか。私が最も注目していたのはそこだった。事件の種類や世間を騒がせた大きさからいってかなり憔悴しきった姿を想像していた。

彼女が猛省しているはずだと。また彼女に何か情状酌量される事が一縷でもあるはずだと、同情的に思っていた。

 保釈時の警察署の前でおびただしい閃光。
頭を下げ謝罪のコメント。マスコミからの問いかけに彼女は答えなかった。裁判を控える身であるから、用意された言葉だけだったのだろう。

しかし次の瞬間、ファンらしき人達からか、それとも面識のある人からの声か何かに彼女が微笑みを浮かべたように見えた。私はその微笑になんとも冷めた感情を抱いてしまった。その微笑は必要だったのか。

その後のホテルでの会見。ここでも今後裁判等の理由で一方的な謝罪会見となった。ドラマのワンシーンを見ているがごとく完璧な台詞回しだった。あれだけの見たこともないカメラフラッシュの中で。

 一方、総選挙で当選した議員たちは満面の笑み、歓喜の喜びに沸きかえっていた。それぞれの選挙事務所では支持者やカメラの前で万歳三唱。落選候補者との差がひときわ対照的だった。

 お祭のような賑わいだが私は性格が冷めているのか、このようなシーンを見ると心配になってしまう。

自分に投票してくれた有権者やボランティアで働いてくれた人達をはじめ、勿論国民が大きな期待をしているだろう。掲げた公約を実行できるかと不安にならないのかなと思ってしまうからである。

 実は立場が違うが似たような体験をしたことがある。
現役時代のことだが、私の為に激励会を開くと名乗り出る方が沢山いたが極力断っていた。それでも状況によってはご好意を素直に受けなければならない時があるもの。パーティーに集まってくださった人達は私に次々と励ましと期待の言葉をくださったが、それが多ければ多いほど気持ちが重くなってくるのだ。

果たして次の場所はこの人達の期待通りの成績が残せるのか。残せなかったら落胆させてしまうぞと。だから当選した議員達の喜びと笑顔がなかなか理解できない。

 マニュフェストなるものを決め手とした有権者の方々も多くいらっしゃるだろうが、これを眉に唾をたっぷりつけて眺めていこうとも思ってしまう。私は政治の専門家ではないが、マニュフェストを掲げてそれを全て実現した姿を見たことは無い。

思想信条が異なる政党が一緒になって国づくりをしていくのは相当な事で、やがて衝突するだろう。

私たちが友愛という言葉に酔っているうちに、与党が「官僚にメスを入れてみたら手が付けられない状態だった」と逃げてしまわないように監視するのも国民の務めであろう。

この夏は二つの祭が突然の夕立のように、始まって終った。