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モデル、レースクイーン、ミスコン優勝に銀座のクラブホステス…と、きらびやかな肩書きが並ぶ室井佑月氏の前歴。20代半ばで作家に転身し、現在は、家庭でお子さんに愛情を注ぐシングルマザーであり、TVでは歯に衣着せぬ物言いで人気を博すコメンテーター。多彩なフィールドで活躍する姿からは、にわかに想像し難いが、作家デビュー以前の室井氏は毎日「早く死にたかった」という衝撃の告白。波乱万丈な人生のターニングポイントを伺おうと訪れた取材班に対し、彼女は開口一番「私には、転機なんて無いですよ」と一言。果たしてその真意とは……?
「早く死にたかった」ホステス時代~作家デビュー
「作家でデビューする前の私は、言わば“社会の底辺”で生きていた女でした。世間から相手にされず、認められず、というような。東京に出てきたのは、父親が事業に失敗して働く気力をなくしてしまったからです。そのうえ、私は年を取ってから生まれた子なので、高齢の母親にも自分が仕送りしなければならなかったんです。とにかくお金を稼がなければと、朝はコンビ二の仕出し、昼はファストフードやファミレスの店員、夜は銀座のクラブのホステスをしてました。
半年間ぐらい、そんな風にいろんな所で働いてみたものの、ホステスの収入が断トツに割が良いので、それに集中しようと思って他のバイトを辞めたんです。ホステスの仕事は、同じ時間働いても、もらえるお金が一人ひとり違う商売。それなら最高額を目指そうって思うに決まってるじゃないですか(笑)。売り上げでは専業ホステスのおネエさんがトップなんですけど、アルバイトのホステスでは私がナンバーワンでしたよ。でもその頃は、「早く死にたい」ということばかり考えていましたね(笑)。毎日毎日やらなきゃいけないことに追われていましたし、働いて疲れて帰ってきても、生活費を稼ぐために、すぐにまた働きに行かなきゃならない。「アタシ、あと何年ぐらい生きるんだろう…」と、指折り数えてるような日々でした。
そんなある時、お店に小説家の先生がいらしたんです。その方が、取り巻きの人を大勢連れて楽しそうに遊んでいる様子を見て、いいなあ、自分も書いてみようかなって思ったんです。当時、作家デビューする人は、40代でも若いほう。でも私は25歳だったので、若くて女であることは自分の武器だと思っていました。なので、主人公の設定は女子高生ぐらいがいいだろうと。それとその頃、アル中(アルコール中毒)気味だったんで、“アル中の哀しみ”みたいなものを描きたかったんです。それなら「アル中の女子高生」がいたら面白いだろうな、と思って書いたのが『クレセント』という作品です。これが「小説新潮」の「読者による『性の小説』」に入選してデビューできたんです。
次に書いたのが『piss』という短編なんですけど、その作品への反響は大きかったですね(※ヒロインが見知らぬ男に性を売り、オシッコまで飲ませる)。掲載誌の「小説新潮」への反応が見事に真っ二つに分かれまして、一方は「下品だから、もうこの雑誌は買わない」という意見、もう一方は「すごく良かった。泣けた」という意見で、創刊以来の読者アンケートの回答率だったそうです(笑)。そんなこともあって、結構な数の執筆オファーが来ましたね。作家業で普通に稼いではいけるようになりましたが、『これは一時的なことかもしれない』と思って、デビュー後も半年ぐらいホステスを続けて兼業でした。でもデビュー半年後には連載も持てるようになり、もう大丈夫かなと思って作家専業にしました」
作家という仕事…創作の楽しみと苦しみ
―――97年に処女作『クレセント』で入選した室井氏は以後、「小説現代」「小説すばる」などに作品を発表。98年には初の著書、『熱帯植物園』(新潮社)を上梓した。さらに女性誌へのエッセイの連載などでカリスマ的な支持を受ける。
「創作の壁はありますよ。やっぱり書いているときは苦しいですからね。つい最近も50枚ほど書いたんですけど、サボり過ぎていたせいか、『どうやって書くんだっけ?』なんて、感覚を取り戻すのが大変でした(笑)。とても苦しいけど、やはり書くことは好きです。デビューしたての頃は、『今回は原稿を落とす(=締め切り前に原稿が出来上がらないこと)んじゃないだろうか…』と、常に不安でした。ご飯を食べても吐くくらい緊張して、体重が5キロ落ちたこともありました。ただ、意外だと思われるかもしれませんが、私は仕事を投げ出したことはないです。今まで原稿を落としたことは一度もありません。
デビューしたての頃はよく『運が強い』なんて言われていましたが、私自身は運ではなく、意思が強いんだと思っています。今だって、コメンテーターの仕事で、学者みたいな偉い先生方に対して、私一人だけ反対意見でも別に構わないですからね。なぜそんなに自信があるかって? …たぶん“根拠が無い自信”を持っているからじゃないですかね。根拠のある自信だと、その根拠が潰れたら崩れますけど、私には最初から根拠なんて無いですから(笑)。
極端な話、“土下座する覚悟”があれば、たいがいのことはやってできないことはないと思っています。もちろん、私はまだ土下座まではしたことはないですけど(笑)、そこまで腹をくくっていれば大丈夫。今は子供がいますからちょっと変わりましたけど、昔は『何かあったら田舎に戻ってスナックにでも勤めるか』という気持ちでいました。でも、なんだかんだ言っても自分を信じているんですね。ギリギリのところに追い込まれても、『なんとかなるさ。私は』みたいな感じで。他の人が信じてくれない分、ずっと自分で自分を信じてやってきました(笑)。そんな風にやってきてもう10年、未来への不安感は徐々に薄まってはきているような気がします」
『大嫌い』と言われるような作品を書く
―――デビュー作の主人公がアルコールに浸る女子高生、あるいは中年男性の愛人になったり、“研究”のために同級生と寝たりと、処女作品集がR指定を受けるほど過激な設定と描写。室井氏の物議を醸す作風はデビュー当初から一貫している。

女性、男性、子供など様々な視点からストーリーを紡ぎだす。 短編、エッセイなど著作は多岐に渡る。
「ある程度、赤裸々なことを書かなければ、とは思っていました。デビュー当時の私は、より一層目立つためにはどうしようかと考えていました。その姿勢は今も変わっていないかもしれない。注目されなきゃ読んでもらえないでしょう。雑誌に連載したら、読者の読み物投票の上位3位以内に入っていなきゃ嫌ですもん。『どちらかといえば好き』という意見が多い作品だと、読者アンケートで上位は獲れません。ある程度、エグいことを書いて賛否両論が分かれるくらいが良いんですよ。もちろん『大嫌い』という意見も出てきますけど、人間としてのグロテスクさを出さないと『室井の書いたものが強烈に好き』という支持は得られませんからね。
攻めの姿勢に見えますか? いえいえ、私にとっては“守り”以外の何物でもないです。だって3位以内に入らないと連載が終わるかもしれないし、次の依頼が回ってこないかもしれないですから。結局、私の連載が長続きするのは読者投票数が良いからなんです。自分が書きたいことを書くのは前提ですけど、趣味ではないので、作家として生き残るための策は常に考えています」
【ターニングポイント】 「転機なんて無い」
「転機と言われても、いまいちピンとこないですね。その時、そのときを生きていくことに必死だったわけで、『これで人生が劇的に変わった』というような“何か”は無いです。
あえて言うなら、物書きになったのが、そうかもしれないですね。でも、確かに、ホステス時代にお店に来た小説家の先生を「いいなぁ」と思いましたけど、その人に出会わなくても、いつかは小説を書いていたような気がします。それまでは物を書くという行為はしていませんでしたけど、あの頃は、そうしないと、とてもじゃないけど生きていられないような状況にありましたから。最初に話したように、誰も私を認めてくれない、誰も私を見てくれないって、世の中に対する不満が物凄くありましたから、物を書いて発表でもしなければ生きていけない自分だったと思うんです。きっかけはどうあれ、絶対に物書きになっていたでしょうね。最近、よく思うんですけど、物書きって、なりたい人がなる仕事ではなくって、“そうならないと生きていけない人”が就く仕事なんじゃないかと。例えば、どんなに満たされている境遇であっても不幸だと思うような人とか。私の周りにも作家になりたいって人がいましたけど、なかなかなれないですね。一発は出せるかもしれないけど、あとが続きませんから。
―――その時そのときの自分と向き合って、肯定的に生きてきたからこそ、人生に転機は必要なかったと語る室井氏。では、ターニングポイントそのものに対しては、どう考えるのだろうか。
「大学生とか若い人たちと触れ合うと、“自分探し”とか、『なにかで人生がすごく変わった』みたいな話が好きですが、私はあまり信じられません。『どうしてそんなすぐに人間が変わるの? 能力というものは日々、積み重ねていくものでしょう?』と言いたいです。結局、10代20代をいい加減に、ぬるく生きてきた人が、20代30代で急に素敵になるわけがないと思ってますから。『転機』とか言って、苦しいその場から耳障りの良い言葉を使って、リセットしたり逃げようとしたりすることには共感できないですね。時代や環境が変わっても、自分は一貫して変わらない方が、いいんじゃないかと思います。苦しい時を乗り越えるから、その先に意味があるんだと思うんです」
室井佑月からのメッセージ
「もし、目の前が壁で塞がっている人がいるとしたら、『迂回するのはやめようよ』って言いたいです。小説にも書いたことがあるんですけど、『鉄板も、毎日舐め続ければ穴が開く』そうですから(笑)。大きな壁なら、すぐには変化がないかもしれないけど、毎日、毎日舐めていけば、わずかでも薄くなっていくわけです。どうせ不幸なことは続かないし、幸せなことも続かないんですよ。私なら舐め続けるか、足や腕を一本くらい潰してでも、思いきりぶつかり続けますね。
それに、負ける体験って私はそんなに悪いことじゃないと思いますよ。真正面から取り組んで、負けたらすぐにまた立ち上がればいいだけじゃないですか。…あ、やっぱり強いですか(笑)? 友達には『戦車みたいな女だ』と言われます。キャタピラだから突進するだけで横には進めないって(笑)。1つ問題点が発生すると、そこをきちんとクリアしないと絶対に気が済まないんです。こういう性格だと、仕事は上手くいくのですが、異性とは上手くいかないんですよね。だって問題が起きた時に、それを忘れたフリをして、その後、イチャイチャするなんて、私には絶対できないですから(笑)」
(了)
文:佐野 裕/写真:上原 深音
(2008年6月10日 株式会社ペルソン 無断転載禁止)
室井佑月 むろいゆづき
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