2006年11月05日

親との関係

 先月、父が百貨店に勤めていた頃の仲間との会食に同席する機会がありました。昔の仲間が、たまには父を元気づけようと会を催してくれたのです。父は昔、自分で蕎麦打ちをやっていたほど蕎麦が好きだったので、何か会をするときにはいつも蕎麦です(笑)。
 父を助手席に乗せ、車で10分ほど走ると、会場の蕎麦屋に到着。そこでは、百貨店時代に秘書をしてくださっていた面々が待っていてくれました。僕が知っている顔もあります。
 中に入るともう皆さんお揃いで、総勢10名くらい。囲炉裏を囲んで座りました。皆はお酒で、父はお茶での乾杯。昔は酒飲みだった父も、脳梗塞をわずらってからはやめています。おいしいつまみを肴に昔話に花が咲いていました。
 「川村さん、結構人使いあらかったからねえ」
 「いやあ、そんなことないよ」
 「でも、みんなもう定年だなんて、ほんとにびっくりだなあ」
 「そういえばパリにいったとき、ほら...」
 「あ、そんなこともあったっけ」
 「ハハハハ...」

 父が楽しく笑う姿をみて、僕の中にうれしさがこみあげてきました。いままで知らなかった父の姿が、ぼんやりと浮かんできたからです。
 思えば僕は、父がこうして気のおけない仲間と笑いながら話しているのを見たことがありませんでした。そこから見えてきたのは、意外にも楽しい父の姿なのです。

 僕が知っている父は違いました。父は家庭では絶対に笑わず、母とはいつも険悪な雰囲気で、一言もしゃべらない。たまに社長室に遊びにいっても固い表情を崩さない。人の話を聞いてくれない、そんな父なのです。 
 だから、僕はそんな父を許せなかった。たとえ会社で偉くても、父の悪い面ばかりが目について、父を心から受け入れていなかった。
 「お父さんはねえ、ほんとに立派な人なのよ」といくら言われても、素直に聞く耳をもてなかった。

 でも、父が楽しそうに話す姿を横でみたとき、僕は、ひょっとしたら父のほかの側面をよく知らなかったんじゃないかと思ったんです。そして、いままでいやな一面だけを見てしまい、そのためによい部分を少しも見ていなかったんじゃないかと。
 家で母とうまくいかなかったのも、僕をほめてくれないのも、きっと何か理由があったんだ。本当はとってもいい父親だったのかもしれないなって思ったんです。

 皆さんの中で親を受け入れていない人がもしいたら、それは親の悪い面が目についてしまい、ほかの部分が見えなくなっているのかもしれません。確かにひどいことをされたかもしれない、思ったとおりの親じゃなかったかもしれない、でもきっと、人として、素敵な面があったんです。そう思えたら、親が一人の人として見えてくる。

 いま、「鏡の法則」という本が売れています。これは、目の前の人との関係がうまくいかないのは、親との関係を見直すことによって変わる、というストーリーですが、泣けるいい話でもあり、50万部を超えるベストセラーとなっています。僕も読みましたが、いい本です。やっぱり人って、親との関係の未完了がすごく多いんでしょうね。自分にもそれはありましたから。

 僕はつい最近まで(つまり30の後半まで)親をいたわる立場に立てなかった。いつも親、特に母を叱責していました。
 「まったく、いつになったら晩飯できるんだよ!」
 「いつも同じこといってるのに、どうして夜早く寝ないんだよ!」
 「さっき同じこと聞いたじゃない!くどいって」
と、ついつい母を責める言葉がついてでる。でも、これは僕が「子どもの立場」に甘えていたんですね。子どもだと思っているから親を責められる。でも、自分が一人の大人として、親を一人の大人としてみたら、そんな言葉は出てこない。

 この前、電車の中で、親子連れの母娘を見かけました。娘が母に向かって叱責している会話が聞こえてきました。
 「もう母さんはダメじゃない、なんでいつもそうなのよ」
 「...」
 これを聞いて、僕はすごく胸が痛くなりました。
 「あ、俺も同じことしてる」
 「子どもの立場」からみると、ぐずずぐしてる母が許せない。ちゃんとしていてほしい。そんな思いで叱ってしまうのでしょう。あの電車の中のお母さん、きっと心の中で悲しんでいただろうな...。

 僕は、若い頃はグレもせず、いい子を演じてきましたが、実は心の中ではずっと親に反抗していました。
 「母さん、もっと早くから準備しろよ」
 「なんでいつも人のせいにするんだよ」
 「父さん、なんでもっと母さんと口利かないんだよ」
 「なんでもっとほめてくれないんだよ」

 でも反抗しているのは、自分が子どもの立場に甘えているからこそできること。それにようやく気づいたのが30代後半。ダメな息子です。ようやく最近、親を受け入れる立場に立てるようになりました。僕が年をとったからなのかもしれません。
 「テキパキ行動できないのも仕方ないよなあ」
 「夜寝れないのも、寝れない原因があるんだよなあ」
 そう思ったら、自然と口からでてくる言葉が優しくなりました。
 「母さん、少し手伝おうか」
 「早く寝たほうが、体も調子いいよ」
 また、以前は母からの特に用のない電話を「いまちょっと忙しいから」と無下に切っていたのを「うんうん。そうなんだ。ふーん」と、時間のあるときは、できるだけ話に付き合うようになりました。実家に帰ったときなど、前は「これ、ほら持っていきな」と渡されるくだものや飲み物を「いいよ、そんなの」って断っていましたが、最近は「じゃそれ袋に入れといて」と言えるようになりました。親に甘えるのも親孝行ですよね。

 親を責めるのではなく、受け入れる。皆さんにとってはきっと当たり前のことかもしれませんが、僕にとってはずっとできないことでした。
 いま、ようやく親をもっと大きなところから見ることができるようになりました。僕の遅すぎた親孝行のはじまりです。でも、まだ生きていてくれてよかった。

 なかなか親には言えない言葉がある。
 「ありがとう」「助かるよ」「そうだよね」
 いまのうちに、一声かけておきましょうよ。

<今月のレッスン:親を責めるのではなく、受け入れよう>