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コラム 人権・福祉

2008年09月01日

気にしながら、ほっておく

恩師から頼まれて医療的ケアが必要な子どもたちの理解を深めてもらうためのガイドブックの中に載せるエッセイを書いた。40人もの方々が寄稿している。 これがこの夏。とても素敵な表紙で出版された。 タイトルは『ケアが街にやってきた』という。書店で目にしたら手にしてほしい。下記が、私が書いたエッセイだ。いままでの講演経験を素材とした。

よく小学校の高学年や中学校での講演会をしたあと、街の中で車イスの人を見かけたら何をしてあげたらいいですか? そんな質問が必ずあります。もう小学校高学年以上になると、授業などで車イスに乗った経験もあり、詳しく訊かれて驚くことさえある。ほかにも障害者の人と、どう接したらいいのか? これもよく質問されます。

こうした質問に答えるとき、いつも私は、とても自分の言葉に気をつける。つぶらな瞳でこちらを見つめている子どもたちの障害者に対する真っ白な心に、何を伝えるかはとても緊張する。そして、こう話す。

「んー。中村のおじさんは、ほっといていいからね」 「え? どうして」と大合唱のような声が返ってくる。 「みんなも同じだと思うんだけど。楽しいときには、ほっといてほしいでしょ。車イスの人も、そうなんだ。ただ歩けるみんなより、たまに困るときもあるよ」 「そうか」

生徒たちは想像もしていなかった答えに、みんな顔を見合わせたりする。街で見る車イスの人たち、その全員が困っているという固定概念を生徒たちに持ってほしくないのです。 「だから。もし車イスの人が、なにか困ってるみたいだったら。そのときは助けてあげてください。何かお手伝いすることはありますか? そう話しかけてください」

車イスの方々も最近、百人百通りの生き方をしています。それは健常者の方たちよりも多様かも知れません。それでも街には段差や放置自転車など、車イスの方にとっては自分では難しいことも、たくさんある。そんなときは、やはり手助けをしてほしい。私の本音は、気にしてほしいけど、気にし過ぎないでほしい。そんな矛盾が正直な気持ちです。

{パリでの出来事}
車イスでの旅は、観光ガイドブックにも載っていないほどの面白さがある。
真冬のパリでのこと、エッフェル塔近くのセーヌ川で友人と離れて、数時間の単独行動をした。手のひらには友人がフランス語で「オペラ座はどこですか?」と待ち合わせ場所を書いてくれた。これは約束の時間に、はぐれないための準備だった。まったく言葉の通じないところで数時間を過ごす。何事も経験だと思いながら、さすがに不安だった。

ふだん街中での車イスの移動では、言葉が通じるのでそんなに困ることはない。たとえば渋谷駅前の大きなスクランブル交差点の、ちょうど真ん中で信号が変りそうになった。そんなときでも「すいません。押してください」と大声を出せば、誰かしらが車イスに手を伸ばしてくれる。国内では、一事が万事だ。

しかし海外では、そうはいかない。このパリでは、ちょっとした冒険になった。

セーヌ川を橋の上からながめたり、みやげ物屋なども見て回った。そしてパリに来たのだから、カフェで何か飲もうと、車イスで入りやすそうな店を探した。すると、おしゃれなカフェを発見して入り口に車イスを押し当てた。真冬のパリは寒い。早く店内に入りたかった。

日本でなら、店員がすぐにドアを開け招き入れてくれる。ところが目が合った店員は車イスに気づいても、こちらに来てはくれない。なぜだ? 手かしてよと思った。まさか人種差別されているのかと眉をひそめた。少し怒りを感じた私は、かなり語調強く、
「すいません! 手、かしてください」と日本語で店内にむかって叫んだ。すると、
「ウイ」そう言って二人の店員がすぐに駆け寄ってきた。そして無事に温かいコーヒーを飲んだ。

国や文化の違いだろう。助けを求められたら手を貸す。カフェの店員はそんな優しい眼差しで、車イスの私を見ていたのだろう。帰り際、手のひらを店員に見せると詳しくオペラ座までの行き方を教えてくれた。

私は「メルシー」と微笑んだ。

中村勝雄

中村勝雄

中村勝雄なかむらかつお

小学館ノンフィクション大賞・優秀賞 作家

現在、作家として純文学やノンフィクション・異色のバリアフリー論を新聞・雑誌などに発表。重度の脳性マヒ、障害者手帳1級。 <小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞のことばより> 車イスのうえに食事…

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