2016年12月01日

みんなと一緒がいい問題

 2016年度も最後の月になりました。師走とはよく例えたものだと思います。現在の私、師走という言葉通り走り回っております。秋から年末にかけていつも行事やお仕事が重なる傾向にあるのですが、その上にあともう一つコーチとしての活動も重なり、12月は年間スケジュールのラストスパートに差し掛かっている様相です。

 そのコーチとしての活動の中で目下対峙している問題があるのですが、おそらくどの業界にもあるお話だと思うので、ぜひ今回問題提起させて頂いて皆さんにも考えてみて頂ければと思います。

 『みんなと一緒がいい問題』
シンクロという競技は皆さんも知っての通り、技術がより優れ、表現力や構成の面白さ、難度などを見て、得点で競う競技です。従って、いい意味で「私、すごいでしょ!綺麗でしょ?こんなことできるんですよ!」というナルシストであった方がこの競技特性に向いていると言えるのですが、それを求めても「私は無理」とまず心理的に閉ざしてしまって力を全く発揮しない子がいます。身体的素質(シンクロで言うところの、手足の長さや形状の美しさ)は抜群にいいので、本人の意思には関係なくソリストとしての抜擢を受けたりするのですが、ソロの練習をしようとすると、本当に嫌で嫌で仕方がないというような表情や態度になり、チームやデュエットのように誰かと一緒にする種目の練習の時にはもっと内容がしんどい練習でも取り組むのに、人が変わったように心を閉ざしてしまうのです。

だから演技も本当にやらされ感が凄いんです。これでは当然結果も出ませんし、人を感動させるようなパフォーマンスはできません。しかし試合の期日は刻一刻と迫ります。私の課せられた命題は、成果を上げて帰って来なければならないという単純明快なもの。とにかく手を変え品を変え、コーチング理論の研修などで教わった傾聴やコミュニケーションにより選手の思いや考えを理解しようと試みたり、褒めてみたり、叱ってみたりと色々やってみました。その選手と話してみて彼女曰く「やらなければならないのはわかってるんですけど、ソロはテンションが下がるんです。泳ぎたくないと思ってしまうんです。一人でやるのが嫌なんです。みんなと一緒がいいんです。チームでやるときは楽しくなるんです」という思いになるそうです。

ソロに抜擢したのは私の判断ではなく、セレクションの順位によってではあるのですが、性格的にソロには向いてないかも…と感じてはいましたけどここまでとは思ってもみませんでした。チームとして代表の一員に選ばれたことは嬉しいそうですが、ソロについては彼女にとっての有難迷惑だったのかとすら思ってしまいます。そして競技者としては持っていて欲しい「勝ちたい」という感情、これに関してもあまり欲が無いのだそうです。前より良くなっていればそれでいいんだそうです。

私は愕然としました。「そうか…。こういう価値観の子もいるんだな」と。私はこの選手と対局のタイプの選手でした。「日本代表の顔になれるものならいつだって狙いたい!抜擢された暁には、こんな演技構成や音楽を使って演じてみたい!」と野心むき出しでした。人格が違う、価値観が違う、そんな選手に自分の経験を当てはめても隔たりは埋まらないことに気が付かされました。私もまだコーチとしては駆け出しです。なので、色んな性格の選手と出会うことはとても勉強になります。もう間もなく試合です。とにかく、この選手が自分の持っている力を最大限発揮できるような環境をできるだけ整えようと思います。ソロの出場前は、チーム種目に出る直前のようにメンバーに協力をお願いして、円陣を組んでもらうのも一つの手だなと思っています。

あとは根本的に、スポーツで得られる感動は、みんなと一緒にいるから楽しいというものだけでなく、「自分にここまでの力が残ってたなんて!」と自分自身の可能性に気づく感動もあるという体験を積んでもらいたいと思っています。最終的にはもう…「持てる力を抑制して、悔いを残すような演技をしたら遠征先の国から帰国させないよ」なんて、脅すしかないか(笑)。

そう言えば、私の恩師井村先生もおっしゃっていました。「今の子達は横並びが好き。皆と一緒が好き」と。そんな中、リオ五輪ではどうやって選手たちを引っ張り、メダルに導かれたのか。どうやって選手達のやる気スイッチを押すことができたのか。

今の時代の指導者としては、シンクロに限らず、必ず遭遇する問題ではないでしょうか。
今の時代の子たちに共通する問題とはいえ、一人一人性格や生い立ちによって、対応は変わってくるように思います。私もまだ手探りですが、あの手この手で選手のスイッチを探りながらも、目指すところはもっと先にあるのだということを選手たち自身に気づいてもらえるように、チャレンジしていきます。