2008年03月01日

新鮮に思えた分業制とリーダーシップ

現在、ゴールデンウィークから始まるマッスルミュージカル公演のためのリハーサルに参加していますが、その中でとても興味をそそられたことがあります。それは、日本文化にはない、"徹底した分業"と"リーダーシップの発揮のされ方"なんです。

これでは意味がわかりづらいでしょう。実は今、マッスルミュージカルは更なる変化のときを迎え、なんとラスベガスで人気を博した数々のショーを手がけているチームによる演出・振り付けに取り組んでいるのです。もちろんそのチームメンバーは欧米人。通訳を介してリハーサルは進んでいるのですが、その進め方と彼らの言葉にとても新鮮さを覚えています。その新鮮に思えるものが"分業"と"リーダーシップ"という訳です。

例えばどんなことが言えるのか?ラスベガスチームには演出家、ダンスの振り付け師、アクロバット専門の振り付師の3人がいらっしゃいます。最後の「アクロバット専門の振り付け」部門はこれまでマッスルにはありませんでした。まさに分業ですよね。この部門が増えるとリハーサルに待ち時間がなくなります。舞台上とロビーに分かれ、男性メンバーによるアクロバットを取り入れた演目を舞台上で振り付けしているときは、アクロバット専門の振り付師主動のリハーサルが進められ、ロビーではダンスの振り付師による女性のダンスナンバーの振り付けが同時進行します。

そして演出家は来日前からイメージをつくり込んでおられて、リハーサルを見ながらこれまた同時進行でイメージのディテールを事細かに振り付け担当の二人に話されます。もちろん私達演者にも、気づいたことがあればどんどんイメージを伝えてこられます。非常に合理的だなと思わず感心してしまいます。話は少し飛びますが、ラスベガスでは衣装を早着替えしなければならないときに、背中のファスナーを下ろす専門の方がいらっしゃるとか。

そしてリーダーシップの発揮のされ方については、こんな印象を持ちました。日本文化の中でもこれは共通性があるかと思いますが、やはりリーダーには言葉には表現し難い、特別なカリスマが感じられます。(私としてはあまりにも安直でそのリーダーの人間像をカリスマという一言では片付けたくはないのですが。)とにかく、絶対的な存在感があるわけです。

ここでは、演出家、それぞれの部門の振り付師がリーダーとして当てはまりますが、その人が何か言ったり動いてみたりするだけで説得力と動きの洗練さがあり、「やってみよう」と理由なしに思えてしまうのですから不思議です。強い言葉を発しなくても、引っ張っていくことができる、これも一つのリーダーシップなのだと思います。私も、シンクロだけではなく、ピラティスのインストラクターとしても時に指導をする立場になりますが、彼らのように在りたいと思いました。

そして、一番これが日本文化にないものかもしれません。どっちが正しいというのではないことを前提にしますが、リハーサルの一日の締めにいつも「ありがとう」が演出チームから言葉として出ます。「今日はいい日になった。ハードなリハーサルだっただろうけど、とてもスムーズに進み、僕たちの予想以上の仕上がりになった。楽しい時間を与えてくれて本当にありがとう」こんな言葉が飛び出すのです。

選手時代から現在まで、何か指導を頂いた場合は、頂いた側から「ありがとうございます」と言う関係性が普通だと思っていたので、これには驚きました。きっと感じているのは私だけではないでしょう。現にメンバーはいくら疲れていても楽しそうです。言葉で気分もノッてきます。儒教の流れを汲む日本文化に育っていて、子供のときからこの指導法だと「できてるならいっか」ということで向上心がストップしてしまうことになるかもしれません、特に私のように本来練習嫌いの性格の人には。しかし、今、違う指導法と言いますか、指導者と指導を受ける立場の新鮮な関係性に気づくと、「こんな進め方もあるんだな」とか「やる気が出るな」と思えるのも事実。

日本の良きところ、欧米の良きところ、その両方を知ることはとても意義があると思いました。今回は舞台のお話でしたが、"分業"や"リーダーシップ"は企業や学校にも当てはまると思います。人を限界以上に動かすことってとても難しいですが、お互いの良きところを上手く融合させてみると、きっと何か面白い発想が出てきて、それが大きな力になるように思います。私自身、知る機会に恵まれたことは幸運でした。