2007年10月01日

目標を持つことの大切さを再認識した夏

この連載でも幾度となく「シャングリラ3」についてお話させて頂きました。一つの話題でこれだけ多く書くお話があったことに私自身も驚いています。

《誰かに話を聴いてもらいたがり》という性格の私ですが、このシャングリラ3に限っては「誰かに聴いてもらいたい」というよりも「伝えなければ」という使命感めいたものが感情として浮かんできています。

私にとってこのショーがどれほど大きな出来事であり、人生の学びの場であったのか、こうしたことから客観的に知ることができました。 去る、9月17日に「シャングリラ3」は千秋楽を迎えました。幻想的なシャングリラの世界。そこに一度でも足を踏み入れれば、魔法がかけられたような気持ちになり、まるで夢の中。煌びやかで、眩くて、醒めないでいたい。そんなショーだったと思います。

シャングリラの魔法は、観に来て下さったお客様だけでなく私にも、いえ、シャングリラに関わった全ての人に対してかけられていたような気がします。魔法が解けた今、私は何を思っているのか、ここ数日間自分の心の中を探っていました。そして自分の予想とは全く違う心境であることに気づきました。

予想というのは、シンデレラの物語で魔法が解けてしまう12時を告げる鐘の合図で、美しいものが全て現実の姿かたちに戻るような、シャングリラの終わりにも、そんなもの悲しさが連想されて「ぽっかり心に穴が開いたようになるのだろう...」と思っていました。しかし、「どうしてもそれだけは避けなくては」とも思っていました。現役を引退した時のように何の準備もない状態ではないはずだったからです。

私は既に引退後の第二の人生を生きていて、この3年で多くの人々との出会いがあり、多くのご支援を頂きました。そしてぽっかりなんて簡単に穴が開かないように、新しい活動や楽しみを増やしていけるチャンスを与えて頂きました。だから同じであるはずがなく、それよりも次に繋がる何かを見出すために日々を過ごしました。予想と違っていて当たり前です。でも、どこかほっとしている自分がいました。

今はこんな心境です。体は疲れているかもしれませんが、やる気と元気があります。シャングリラで私は、選手の時に感じていたような「何が何でも」という熱い気持ちが蘇りました。決して忘れていたつもりではありません。やり続けることの大切さも理解していたつもりです。また、自分なりの葛藤と向かい合う時期もありながらここまで来ました。でも、この夏を過ごしてみて「本気で願うこと」や「本気で動くこと」の本当の意味を思い出したような感じがしたのです。

選手時代の若かりし頃、念ずれば叶うと信じていた私。強い気持ちでそれを信じ、ひたすらがむしゃらだった時代の目標に対する集中力は我ながらなかなかのものだったと思います。「オリンピックに出て、必ず金メダルをもらう」と、それを前提に全てを考えていた小学生の頃の純粋さを少しだけ取り戻し、今はまだその気持ちが持続している、そんな感じでしょうか。

夢は叶ってみると案外想像とは違うものかもしれません。叶えようと取り組むその過程が毎日楽しくて、「夢は持ったほうがいいもの」なのだと思えるような気がします。だから、本気で叶えたい夢(目標)を持って、それをとことん現実的にイメージして、どうやって叶えていこうかと計画を立てて、毎日それに近づくための実験をしてみると、もっともっと楽しくて、毎日が充実した人生が送れるのだと思います。当たり前のようですけど、その当たり前に気づけないでいたりします。私がそうであったように。

もう一度、本気で夢を持ちたいと思えるようになった2007年夏の出来事でした。