2006年03月01日

私が求める女性としてのライフスタイル(4)家庭

ある女性誌のコラムに、メイクを通しての母親と娘の関係を書いたものがありました。思わずそれに「うんうん。あるある。」と、相づちを打ちながら読んでいたのはつい最近のこと。

内容としては「女性がメイクに対して興味を抱くのは、幼い娘が母親の化粧をする姿を見ることから始まる。娘は成長しメイクで自分らしさを追求していく。そして年頃になった娘からメイクの新しい知識や情報を今度は母親が継承する。このサークルは女性が女性として一生美しくあり続ける上で素敵なことではないか...」など云々。

この締めくくりの文言に、私、全面的に賛同致しました。それもそうなのですが、思わず私が相づちを打ってしまった理由は他にもう一つあります。

娘の顔の造形が最初は父親似でも、やはり母親のその遺伝子はしっかりと娘に受け継がれていて、長年の月日の経過とともにふとした仕草や笑い方、はたまた電話の声までもが似てくるとか。これを武田家、地でいっております。 え?見られてた?と思うことがあるほど。

私は顔だけでなく身体つきまで父親方に似ているのですが、二十歳を超えた頃から私が電話に出ているのに母の友人が娘の私と話していることに気づかず、用件の全てを言い切られてしまうまで(この間数分)ということがしばしばある出来事になりました。後で聞くとそのおば様曰く、「なんか若くなったなぁという気はしたのだけど、声のトーンや話し方がそっくり」なのだとか。不思議なものですね。コラムにも書かれるということは色んな家庭で同じ様な現象が起こっているということなのでしょうね。

今回「私が求める女性としてのライフスタイル」のキーワードを「家庭」というものにスポットを当てて進めていこうと思っていますが、実は母親は家での出来事などを人に言うことをあまり好みません。「そんなの言わないでいいよ。」と、照れ臭さと本当に必要ないと思っているのと半々ぐらいだと私は見ていますが。

私は今までの人生を振り返った時、と言ってもほぼ選手時代がそれに該当するのですが、同性の先輩である母親の言葉や生き方に多大なる影響を受けていると思います。どうしてもこれは自分の考えを話す時にはずせないことなので、では、母親と自分の目指す女性像をどう重ね合わせて見てきたかということをお話していきましょう。

これまで困難が自分に訪れたその時に、母親はこう接してくれました。時には豪快に「気にする必要もない」と笑い飛ばしてみせたり、時には突き放して自分で考えさせたり、時には命懸けで一緒に飛び込んでくれたり。

言葉やその奥のもっと深いところにある愛情に何度も救われました。それが一つ一つ記憶に刻み込まれています。もちろん今でも継続されています。

私の年齢がいくらおばさんになろうと親にとって私は永遠に娘であり子供であることに変わりありませんから。

喜怒哀楽の振り幅を私はこれらの記憶の中から覚えていきました。嬉しいときの表現、悲しいときの表現。人間としてこの世に生をうけたのですから、思いっきり人間ならではの感情をフルに活かして生きたいと思うのです。この考えも母親譲り。

そしてもう一つ感謝しなければならないのが、親と子のコミュニケーションの時間を大切にしてくれたことです。

私はこの会話の中からいろんな気づきをさせてもらいました。相手に何かを伝えるときには、まず自分の頭の中が整理されていることが前提であること。伝えたいことを強調したいのであれば、表現力が豊かであること。それにはボキャブラリーの豊富さとテンポと抑揚などが関わってくるのではないかと思います。

今現在、自分がこれについてできているなんてこれっぽっちも思いませんが、その代わり伝えたい気持ちを下手なりにストレートに表そうとする度胸は備わったのではないかと思います。

そしてなによりも自分の力になってくれたのがイメージ能力。母親の質問に対して自分が答えを出すときに、私は必ずそれを自分の頭の中にあるテレビ画面のようなものに一回イメージを映し出し確認してから話しました。これが結局、その日あった出来事を追体験したかのように記憶に焼きつけていく独自の方法になっていったのです。

競技を小学2年生から始めましたが、この習慣が私を助け、私の強みになりました。昨日よかったこと、だめだったことが記憶に残ってくれているとそれをベースに今日を少しずつでも上乗せして過ごしていけました。

前向きな気持ちというものは、選手の頃だけではなく選手を引退した今でも必要なことです。私がいつしか母になり、未来の自分の子供にこんな風に接していけたらと思います。

この年になっても、いつまでも口うるさく怒られてしまう私。時々は「はぁ。成長がないというか、情けないというか...」と落ち込むこともありますが、社会に出て見聞を広げた先に見えてきたものを、一緒にまた共有して一生親子で学びを続けようと思います。

冒頭のメイクのお話と同様、学びは人生をよりさせ、女性が美しく生きていく秘訣ではないでしょうか?

このサークルは素敵な繋がり。肉体が続く限りサークルを親、子、孫と繋げていきたいですね。

自分の育ってきた環境は、一言で言うと「ここの家庭に自分が生まれてこられてよかった」と心底思える場所だと思います。なんだか結婚式の日に読む花嫁の手紙みたいな表現ですが。

今回は同性である母親にスポットを当てましたが、私は優しくて口下手な父と、一生懸命で実直、また嘘がない2人の兄の調和がそこにあったから、何があっても頑張れたのだと思います。

これは何も私の家庭だけのお話ではありません。どの家庭でもそれぞれに調和や表現方法があり、
それを背景に一人の子供が人として形成されていくものだと思います。

私は女性として、母のようにその根幹となる部分を大切にできる人になりたいと思っています。でもまだまだ...まだまだ自分のことで精一杯なので、成長中です(笑)。