2016年12月09日

アメリカ社会を構成する基本理念―政治・経済を読み解く―

 日本人の大方の予想とは違って、トランプ氏が大統領選挙に当選しました。トランプ大統領の誕生による日本経済への影響は何なのか、TPPがどうなるかなどに関心が持たれます。今後は、これらの事柄についても本コラムで触れたいと思っております。
 最初に、日本社会と比較しつつ、アメリカ社会の特徴や本質についてお話しします。

アメリカ社会を形成する基本理念

 アメリカは18世紀の独立以来、民主主義という崇高な理念を育てて来ました。日本は戦後の新しい憲法の下で民主主義国家として歩んで来ました。しかし、両国の民主主義には大きな違いがあります。日本では自由と平等が強調されて来ましたが、アメリカでは「自由」、「平等」のほかに、「自主独立」、「個性尊重」、「競争」が社会を形成する基本理念として国民が強く認識しています。

日本では認識されていない「自由」の本当の意味

 同時多発テロにみまわれたアメリカはテロとの闘いを続けましたが、それを決して報復とか復讐とは言いません。アメリカ国民のテロとの闘いは、あくまでも自由への闘いなのです。アメリカ国民が独立以来、常に求めて来た自由とはどんな自由なのでしょうか。
 たとえば、アメリカ国歌の一節には、「弾丸ふる戦の庭に頭上高くひるがえる堂々たる星条旗よ、おお我らが旗のあるところ自由と勇気ともにあり」とあります。同様にフランスの国歌の一節に、「自由よ、愛しき自由よ、汝を守る者と共にいざ戦わん」とあり、中国の国歌の一節には、「立て奴隷となるな、血と肉もてきずかん、よき国 われらが危機せまりきぬ、今こそ戦うときはきぬ」とあります。これらの国歌の中で謳われる自由、すなわち武器をとり命を賭けて守る自由とはどんな自由でしょうか。それは、武力による他国からの支配、もしくは武力を背景にした威嚇によって強いられる隷属や服従から逃れる事であります。
 日本憲法における自由とは言論の自由とか職業選択の自由などで、隷属や服従から解放されるという自由の概念が欠落しています。それはとりもなおさず日本国民の心にも欠落している事なのです。世界の国々の人々がこれまで必死になって得ようとしている自由の本当の意味を知るためには、世界の国歌の歌詞を一度読んでみると良いでしょう。

こうも違う「平等」の意味

 日本の平等とは個人の努力や能力のいかんにかかわらず結果や報酬が平等に与えられることを意味します。もうすこし分かり易く言いますと、日本では原則「横並び」ですべてが取り扱われ、結果も無難に「横並び」で終わることを基本とします。対して、アメリカの平等は競争への機会や条件が差別なく公平に与えられることを意味します。結果や報酬は個人の努力や能力に応じて与えられます。
 日本流の平等は組織を統括して管理する側にとっては、極めて好都合な方法です。それは企業という組織であったり、教育現場である学校もそうです。画一化した単純な基準の中に全てを押し込んでいればよいので、上に立つ管理者には便利な手段です。
 しかし、個々人にとっては個性を無視された酷い方法となります。日本においても近年、企業の社員評価に能力主義が導入されたり、また安易な平等こそ逆平等だという声が少しずつ出てきています。ただ、日本が真に平等・公平な社会に変わるにはまだまだ程遠い状態です。

「自主独立」とは規制や束縛を排除され主体的に生きること

 アメリカにおいて、自主独立とは個人や集団が他に束縛されずにその主体性をしっかりと発揮できることです。この理念は日本社会にはほとんどないものです。むしろ、もたれ合う社会、互いに束縛し合う社会の日本においては、個人が自主独立の精神を発揮することは集団にとっては大変迷惑なことです。そこで、日本社会の多くの集団や会社が組織内で個人が自主独立の姿勢をとることを普通好ましくは思いません。
 この自主独立の精神は、個人はもとより、国家レベルの行動や選択にも重要です。アメリカの自主独立を重んじる理念により、個人に様々な束縛を与えることや、社会や企業に様々な規制を与えるなどのことが極力排除されます。
 さて近年、日本社会においても終身雇用の崩壊、国際化により価値観の多様化が進み、自分が所属して一緒に行動する集団から保護や恩恵を受けることができなくなるケースが増えています。みんなと一緒に行動しておけば安心で大丈夫という、便利な保険の効用は今は少なくなっているのです。こういう時代に必要な理念は自主独立の精神です。
 日本の選挙は限りなく規制された状況で実施されます。対してアメリカの選挙においては、買収などの行為は厳しく罰せられますが、それ以外の選挙活動は可能な限り自由が許されます。
 大統領選では数千億円単位のお金が当選に向けて投入されます。ただ、日本と違って選挙資金を候補者が集めて管理、支出することはありません。候補者を応援する団体がお金を集めて選挙活動に、特に宣伝活動に投入されます。選挙活動の極めて有力な方法がテレビコマーシャルです。自分の政策を有権者に丁寧に訴えるよりも、ネガティブキャンペーンの方が効果が高いことが分かっていますので、テレビコマーシャルの内容は対立候補の個人攻撃が中心になります。アメリカの大統領選挙の実態はテレビによる徹底した非難合戦です。

「個性尊重」とは多様性を認めること

 日本では、学校教育から企業活動に至るまで、すべてを画一的に取り扱うことを原則とします。一方、アメリカ社会においては個性を尊重し、多様性のある社会を築いていこうとします。
 生物においては様々な遺伝子を持った多くの個体が種を構成しています。自然の環境が変化しても、それに対応できる個体群が生き延びることにより種が存続します。人間社会においても同様です。企業が社会環境や経済環境の変化に対応して存続していくためには社員の多様性が大きな力を発揮する場合があります。
 なお、社会を取り巻く環境は常に変化しますが、日本社会はその変化に対しても旧来通りの状態を維持しようとします。一方、アメリカ社会は環境変化に対して機敏に対応して変化します。それが、アメリカ社会が常に活力を維持している大きな要因で、環境変化に対応せず安易に現状維持に走ることは大いに批判されることです。
 さて、芸術やデザインの仕事したり、新しいビジネスモデルを展開するなど、クリエイティブな分野で日本人はあまり力を発揮しないといわれていますが、日本社会が多様性を認めず、個性を尊重しないところに最大の原因があるように思われます。

「競争」とは切磋琢磨して透明性のあるよりよい社会を作ること

 日本では競争は敗者を作るものとして大抵の場合に否定されますが、競争は敗者を作ることが目的ではありません。むしろ、社会的弱者や敗者を作らない社会を目指すものなのです。
 アメリカは競争社会といわれますが、競争とは共存し合う中で努力し互いが切磋琢磨することです。そうすることにより社会がより発展し、弱者の立場にある人々が支援を受けたり豊かな社会を享受することができます。
 国際社会における競争も同様です。A国のすべての会社がB国のすべての会社にビジネス上で勝ったとします。B国から企業はなくなり、B国の国民の収入が減り購買力がなくなったとします。そうするとA国の商品がB国で売れなくなり、A国の企業は困ることになります。競争とは敗者を作るのではなく、互いが共に発展することなのです。
 また、公正な競争は社会の透明性を増していきます。そして、無競争の中でしばしば生じる社会的な不正や腐敗を、競争により極力排除できます。実は日本では公正な競争により社会を浄化することが今一番必要なのではないでしょうか。

政治・経済などアメリカ社会を読み解く

 真の意味の「自由」、「平等」そして「自主独立」、「個性尊重」、「競争」の理念を理解しますと、アメリカ社会を少しずつ読み解いていくことができることと思います。
 今後も、アメリカ社会の政治や経済を理解するために今回と同様なコラムを時々書いてみます。アメリカ社会の理解とともに、日本社会の新たな発展のための改革の方向性も合わせて提示できることと思っております。