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コラム 政治・経済

2013年12月05日

防空識別圏、どう受け止める?

中国軍は、東シナ海に新たな防空識別圏(ADIZ)を設定し、そこを飛行するすべての航空機に飛行プランを提出するよう求めた。これをめぐってはアメリカを始めさまざまな国が懸念や不快感を示している。「その空域に入れば撃ち落とされるかもしれない」というようないたずらな不安を煽るのは正しくない。何がポイントかを整理することが重要だ。

まず、中国軍は防空識別圏に進入してきたすべての航空機に識別に協力するよう求め、それがなければ強制着陸などの措置を講じるとしている点だ。防空識別圏そのものは、各国が勝手に設定するものであって、国際ルールはない。その空域に進入してくる国籍不明の航空機がある場合、領空まで入ってくるかどうかの監視を始めるラインである。もし軍用機ならスクランブルをかけるかどうかを判断することになる。

今回の中国の動きに対して米国務省はケリー国務長官名ですぐさま声明を出した。その中には、アメリカは防空識別圏を設定しているが、その領域を飛行する航空機すべてに識別を求めることはしていない。通過するのは自由であるとしている。これは当たり前だ。そもそも領空のはるか外側に設定している防空識別圏を飛行するのは、国籍が明確かどうかに関わりなく、当然の権利と言っていい。

したがって識別圏に入ったからといって、アイデンティティを求める権利はない。領空に近づこうとする意思を見せた場合は、警告を発することがあるにしても、武力をもって何かを強制するなどというのは国際ルールを無視した話だ。中国軍は、領空と公海と同じルールが適用される領空外の間ぐらいの位置づけで防空識別圏を考えているように見えるが、それは大変な思い違いだ。防空識別圏を飛行するときにそれを妨げられる理由はない。

もう一つの問題は、尖閣の上空をも防空識別圏にしたことだ。尖閣諸島は、中国がどういおうとも日本が実効支配している地域だ。その上空に防空識別圏を設定するということは、日本の飛行機が尖閣上空という領空を飛ぶときにも、中国軍からスクランブルを受ける可能性があるということである。本気で戦争する気があるのならともかく、そうでないのに、尖閣をめぐる動きをエスカレートさせていくという中国のやり方は国際的に容認されるものではない。

問題は、中国がどこまで本気なのか、ということだ。習近平政権は、日本との関係強化を求めていると言われており、こうした中国軍の動きは、政権の意向と逆行するように見える。そこで出てくるのが二つの説だ。第1は、「軍部の暴走」説。中国軍の当面の大目標は、アメリカに対する抑止力の構築だ。そうなると潜水艦搭載弾道ミサイルでアメリカ本土を狙うということになるが、そのためには尖閣周辺を自由に航行して、西太平洋に進出したい。だからどんどんハードルを上げて、場合によっては小競り合いをしてもいいと軍部は考えているというものだ。

しかし限定的とはいえもし小競り合いにまで発展すれば、国際的には中国の立場が悪くなることは明らかだ。尖閣問題で比較的中立の立場をとってきた欧米のメディアも、尖閣を昔から実効支配してきたのは日本であり、中国が領有権を主張し始めたのは1970年からであるとはっきり書くようになった。そこでもし中国がごり押しすれば、やがては自分のところもターゲットになると考える国が、ASEANやアフリカに出てくる。それは中国にとって大きなマイナスだ。しかもまだ中国経済は「外資頼み」という側面が強い。日本と「武力衝突」という話になれば、こうした資本はどんどん逃げ出すことは間違いない。サプライチェーンが阻害される恐れがあるからである。

第2は、国内でさまざまな問題を抱えているだけに、国民の目を外に向けたいという説である。習近平政権が抱えている国内問題とは、腐敗、格差、それに少数民族だ。腐敗対策を徹底的にやることは、特権階級の反発さえ対処できれば可能だ。しかし格差是正はそう簡単ではない。都市戸籍と農村戸籍という制度の問題、土地問題、社会保障問題などなど社会の仕組みそのものを変えて行かなければならないからだ。さらに大きな問題が新疆ウィグル自治区を中心にした少数民族問題だ。最近でも、天安門で車が炎上した事件や警察が襲撃された事件が起きた。報道されない事件は数千の単位で起きているとも言われる。

ただ国民の目をそらすという意味なら、振り上げた拳を下ろすタイミングを考えておかなければならない。歯止めが効かなくなったら、それほど危険なことはないからである。いずれにせよ、中国政府は拳を振り上げてしまった。この「危機」にどう対応するのは、日本の成熟度が問われるところである。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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