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コラム 政治・経済

2012年09月05日

いま財政再建するのは愚策

ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授(米プリンストン大学)は、言わば「超ケインジアン」である。いま不況のこの時期に「財政再建などとんでもない」、できるだけ財政支出と金融緩和で経済を支えるべきとき。なかでも若い人に雇用をもたらすような政策は借金をしてでもやるべきだと主張する。

クルーグマン教授は、日本のバブルが崩壊した後、政府・日銀の対応を厳しく批判したことでも知られている。しかしアメリカもバブル(ITバブルと住宅バブル)がはじけ、リーマンショックを経験した。そしてその後の対応は、日本と同じようでもある。要するに、何をするのも「too little, too late(手を打つのが少なすぎるし、遅すぎる)」というわけだ。そしてクルーグマン教授は「日本を批判したエコノミストは天皇陛下に謝罪しなければいけない」と書いた。

また、NHKのインタビューの中でこのことについて問われ、こう答えた。「その当時の政府・日銀の政策が正しかったとは思わない。われわれが実際に経験してわかったことは、そういう過ちを犯しがちであるということだ」

要するに2008年9月にリーマンショックが起きた後、世界はほぼ一丸となってパニックを防いだのに、ここに財政再建を打ち出しているのは、事態を悪化させるだけだというのがクルーグマン教授の主張である。たしかに2008年10月に初めて開かれたG20 の首脳会議では、中国が60兆円、アメリカが70兆円を超える財政支出で経済を支えるとしてきた。とりわけ中国の大型支出が発表されたときは、中国の実力もここまで上がってきたかと、正直、驚いたものである。

しかし今や世界の主要国は国家財政の悪化に悩んでいる。ギリシャに端を発した欧州の債務危機は、スペインやイタリアといったEUやユーロ圏(通貨ユーロを使っている国)の主要メンバーにまで及んでいる。イギリスは緊縮財政の影響もあって「景気の二番底」に落ち込んでいるし、頼みのドイツもすっかり勢いがなくなった。アメリカもこのままいけばいわゆる「財政の崖」(ブッシュ大統領の減税の終了と債務枠がいっぱいになることに伴う歳出の削減)によって急激な景気の悪化に襲われる可能性がある(ある試算によると約200万人の雇用が失われるという)。

しかし本当に財政出動や金融緩和を継続できればいいが、すでに巨額の累積赤字を抱えている日本のような国で、政府が財政出動をし、金融緩和をさらに強化できるのだろうか。金融緩和と言っても、日本の場合はいわゆる量的緩和しかない。要するに市中の銀行から国債などを日銀が買って、市中に現金を流通させるということだ。

自民党は消費税増税が決まったら、さっそく国土強靱化構想をぶち上げている。10年で200兆円というとてつもない構想で、消費税増税分(国税で約10兆円)をはるかに上回る支出をしようというものだ。クルーグマン流に言えば、「当然必要な財政支出」ということになるのかもしれないが、これが本当に若年層の雇用に結びつくのかというと微妙な感じもする。さらに言えば、これが日本の成長力を強化することにつながるのかと言えば、もっと疑問だ。それこそバブルがはじけて以来、日本政府は公共工事で経済を支えてきた(それが現在の国債残高につながっている)。しかし景気はいっこうによくならず、経済はデフレのままだ。日本の成長力を高めることにつながらない財政支出をする余裕は、今の日本にはない。

今年前半は、東日本大震災の復興需要で一息ついた日本経済だが、後半はやはり厳しい。欧州や中国、インドの減速で輸出が減り、昨年に続いて貿易赤字になる可能性もある。そしてさらに問題なのは、貿易赤字になって国際収支が悪化すると、日本の国債が売られる可能性が強くなってくるということだ。これによって長期金利が上昇したりすると経済に悪影響が出る。

このような状況の中でクルーグマン先生の言うように、どんどん国債を発行して財政支出を続けた場合、結局は悪性インフレに陥ることはないのだろうか。きっと「インフレのことを心配するのは後にしろ」と言われるのだろうが、人類の経験から言えば、お金を無尽蔵につくるとインフレに陥るのである。

そういえば「経済学で分かっていることは実は少ない」と書いたのもたしかクルーグマン先生だった。先生にとってはヨーロッパ、とりわけドイツのような「財政健全論者」は苛立たしいことだろうと思う。しかし、もし先進国が悪性インフレになると、その影響は決して小さくない。世界的な景気後退と一部先進国の悪性インフレとどちらがまだましか。これは究極の選択と言ってもよさそうだ。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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