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コラム 政治・経済

2011年02月04日

システム的に防ぐということ

東京の後楽園で痛ましい事故が起きた。アトラクションから人が落下して死亡したのである。その報道を見ていて、いまだに昔の発想から抜け切れていないのかとがっかりした。

もちろん安全バーの話である。係員が手で触ってロックされているかどうか確認することになっていたのに、目視で確認するに止まり、結果的にロックされていなかった。マニュアルに書いてあったかとか、休日で客が多いのにアルバイトが一人で監視していたとか、いろいろ報道されている。

実際にどのように運営されていたのかは警察の捜査に待つほかないだろうが、根本的な問題がこの事故の背景にある。遊園地のアトラクションは、自動車や飛行機とは違う。自動車や飛行機でシートベルトをしないと危険であることは周知されているし、多くの人はその乗り物に慣れている。だからもしルールを守らずに怪我したり、死亡したりしても、そこには一定の「自己責任」という考え方が適用される。しかし遊園地のアトラクションは、客がそれに慣れていることはまれだし、体を固定できないとどれほど危険かを承知しているわけでもない。

だから運営会社は係員がチェックするという態勢を取っていたわけだが、もし係員がミスをしたらどうなるのかが考えられていない。係員を二人に増やして確認すればもちろんミスの可能性は減る。しかしゼロではない。人間とは必ず間違うものだからである。まして習慣的にチェックしていれば、チェックしたつもりでしていないということがしばしばある。外出する時に家にカギを掛けるのが習慣になっていると、掛けたかどうか確信がなくて確かめに戻ったという経験をした人はたくさんいるだろう。

人間はミスをするのだから、ミスしても大丈夫なようにするのが「システムで守る」ということだ。この場合で言えば、乗客の安全バーがすべてロックされていなければ発車しないようなシステムにすれば、たとえ係員が確認しそこなっても事故は起きない。もちろんどの安全バーがロックされていないかを表示することができればもっと容易になるだろう。

医療でも医師や看護師がミスをすることがある。医療事故である。ここでも重要なことはなぜ事故が起きたのかを究明し、そうした事故が起きないようにシステムを変えていくことだ。だからアメリカでは過失による医療事故があっても責任を追及することより、当事者から事情を徹底的に聴取することで原因を分析し、対策を講じる。患者の取り違えを防ぐために患者に腕輪をつけてバーコードで読み取るなどというのもほんの一例である。

事故が起きると大変なことになる原子力発電所もシステム的に防ぐという考え方が大幅に取り入れられているものの一つだ。操作員が間違って操作しても装置が暴走したりしないような仕掛けである。フェイルセーフと呼ばれる設計の根底にあるのは、機械は必ず故障するものであり、操作する人間は必ず間違うものであるという考え方だ。

JR西日本の福知山線の事故でも同じことだ。運転士がスピードを出しすぎても、列車に自動的にブレーキがかかるシステムにしておけば100人を超える人が亡くなることもなかった。そういったシステムは既に開発され、首都圏の鉄道などではかなり設置がされていたのに、JR西日本は遅れていた。

民族性などというつもりはないが、われわれはなぜかこのシステム的な考え方にあまり強くないように思える。だから過失があると、つい精神性に頼ろうとする。「気合いが入っていないからだ」などと怒鳴る管理者が、身の回りにたくさんいるはずだ。物事を十分に考察せず、気合いで解決しようとする指導者や管理者ほど厄介なものはない。改良や進歩の芽を、彼らが摘んでしまうからである。

そして改良や進歩の芽を摘むということは、実はビジネスチャンスの芽を摘むということと同義でもある。事故をシステム的に防ぐということから、自動車は不断に改良され、それが競争力につながる。飛行機や鉄道も同様である。日常的な家電製品でもそうだろう。コストがかかるからといってそういった対策を怠ったとき、支払わされる代償はあまりにも大きい。後楽園はいまごろそれをしみじみ感じているに違いない。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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