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コラム 政治・経済

2011年01月05日

2011年、政治リスクで日本が沈む

この原稿を書いている時点(2010年末)では、2011年度予算を決める通常国会がどうなるのか、まったく不透明である。予算そのものは衆議院の議決が優先されるが、関連法案が成立するには参議院を通過することが必要だ。公明党に秋波を送ったり、社民党とよりを戻そうとしたり、たちあがれ日本に「入閣」を打診したりとジタバタしたているのは、要するに予算と関連法案が成立しなければ内閣総辞職しか道がなくなるからだ(もちろん総理大臣は衆議院を解散する権利があるが、そんなことをすれば民主党が惨敗する、つまり1年生議員を中心に大量落選することは目に見えているから、党内から大反発が出る)。

しかしこの2011年度予算で民主党はいったい何をしたいのかが、よくわからない。予算案としては、子供手当も一部とは言え何とか上積みし、法人税の引き下げも実現し、基礎年金の国庫負担も何とか維持した。その財源探しに四苦八苦したものの、何とか税外収入を確保し、ようやく国債の発行高を今年度並みに抑えることになっている。

ただこの予算案が、菅総理の言う「強い経済、強い財政、強い社会保障」という言葉とどのように関連しているのかがどうにも見えないのである(もっともこの言葉がまだ生きているのかどうかさえわからないのだが)。国債を前年度並みに抑えることにはしたが、それでは先進国中最悪の水準にある国の借金を減らすという道筋が見えない。GDP(国内総生産)の2倍近くなるという金額だけの問題ではない。最大の問題は、予算の財源のほぼ半分を借金で賄うという形が持続可能ではないという認識が菅内閣には(もちろん与党民主党にも)まったく欠けているように見えることだ。

日本の場合、国債の95%前後は日本国内で保有されているから、ギリシャやアイルランドのような債務危機にはならない、という「楽観論」には耳を貸さないほうがいい。日本の国債を買っているのは金融機関。その金融機関を支えているのはおおざっぱに言えば国民の金融資産1500兆円。しかしそれも最近の円高や日本の低金利、株価の低迷に嫌気して外貨建て資産に流れている。この傾向が続けば、金融機関も国債を買い続けることが難しくなる。

それでなくても金融機関とりわけ地方銀行は、融資で利ざやを稼ぐことができないから国債で運用している。しかし国債相場がもし暴落すれば巨額の損失を被り、それこそ下手をすれば存亡の危機になってしまうため、相場の動向には神経質だ。ちょっとしたきっかけがあるだけで、国債は売り浴びせられることになり、相場が大崩れしかねないのである。その時には国債を発行することが難しくなり(もちろん高い金利を払えば外国の投資家に買ってもらうことも可能だろうが)、利払いの増加が国の財布を直撃する。

そのような状況であるにもかかわらず、来年度予算の編成過程では、与党民主党は、支出を増やすことと、国民の負担を増やさないことを要求した。要するに、国民にとって不人気なことをすれば来年の統一地方選挙に勝てないというのである。菅総理でさえ、リーダーシップを発揮したのは、法人税減税幅(3%か5%か)で5%にすると決めたことと、科学技術振興費を増やしたことである。そして財源問題には触れなかった。

これこそわれわれ日本人にとって最も望ましくない状況である。現在の日本は、人口が減る中で、どうやって経済成長を確保するのかという深刻な問題を抱えている。この問題の答えはそう簡単に見つからない。目の前にある若年層の高失業率や所得格差の拡大といった問題には、循環的な要素だけではなく、構造的な背景がある。だからこそ政治家は、国民に痛みを分かち合うことを要求し、国を再建しなければならないのである。

それが自分たちの議席の心配ばかりして、いたずらに目先の「利益供与」に走れば、状況をますます悪くするだけだ。恒久的な財源ではなく、埋蔵金発掘で経費を賄えば、次年度はどうするのかという問題が出てくるのに、増税論議は先送りされている。相続税増税という「金持ち増税」でお茶を濁しても、それだけで済む話ではない。

もしこのまま政治の貧困が続けば、企業はいよいよ日本から脱出せざるをえないだろう。だいたい法人税を5%引き下げたからと言って「雇用を増やすべきだ」という議論もおかしな話だと思う。企業が海外に立地するのは、まず日本の市場が縮小しているからであり、さらに日本の自由貿易協定が韓国などと比べると出遅れているからである。法人税の引き下げはそれらいくつかある条件の一つを緩和したにすぎない(それに赤字会社が多い中小企業にとっては法人税引き下げは何も恩恵がない)。

政府がやらなければならないことは明白である。日本の市場の縮小をどうやって阻止し、拡大するのか。日本の輸出企業をどうやって支援し、国内での雇用を確保するのか。そして国や地方自治体の借金をどうやって減らすのか。もちろん増税は必至である。どんなに有権者に不人気でも、ここで増税という議論ができないリーダーは、日本の将来を危うくするリーダー以外の何者でもない。初夢でもいいから、高い志を持ったリーダーに率いられる日本の姿を見たいものだ。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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