2003年09月05日

僕ってクレーマー?

 先日、宅配便大手のS急便から電話がきた。

 「あの、文京区の○○様宛にお荷物を出しませんでしたか?」
 そういえば先月、父の退院の挨拶にメール便で50通くらい出したところだったので「住所を書き間違ったか...」と思った。

 話を聞いてみると、その○○様宅にS急便のドライバーから「目黒区の川村様からの荷物をお預かりしている」との電話があったが、その後届かないので心配になって○○さんが電話をかけてきたらしい。

 なにしろ私は父の名簿を借りてきて荷物を出しているので、その人に出したかどうか定かでない。確かに「目黒区の川村透さまからのお荷物で...」とS急便も言っている。

 しかし、何度調べても私がそのような人に荷物を送った覚えはなく、いよいよ気味が悪くなった。そうしているうちに1ヶ月ほどたち、S急便から連絡があった。

わかったことは:
・目黒区の別の町に同姓同名の人が存在し、その人が出した荷物である
・S急便のドライバーが住所を最後(町名)まで確認せず、その人と私を間違えた
・その電話をかけたドライバーが誰であるかは不明である

 文京区のカスタマーサービスの担当者が謝りの電話を入れてきたが、話しているうちにだんだん怒りがこみあげてきた。考えようによっては大したことではない。私の荷物がなくなったわけでもない。しかし、住所氏名は個人情報だ。それをきちんと確認しないで扱われていることに私は憤りを感じた。さらにその過ちを冒したドライバーがわからないとは何事か。そんなことは全体朝礼でも開いて全員に問いただせばすぐわかりそうなものではないか。

 「そのドライバーを見つけて、謝りにこさせてください。そうしないと先月分は払いませんよ」

 これがもしアメリカの企業なら、今回分は請求せず、無料券などを出して直接「代償」で示すところがほとんどだ。しかし、多くの日本企業は「申し訳ありませんでした」と菓子折り持参で謝ればケリがつくと考えている。もちろん反省するのは勝手だが、組織がきちんとそのミスの代償を「痛み」として感じなければ、絶対に組織はよくならない。

 S急便が言うには「今回の分はすでに請求書を起こしてしまったので払ってほしい。次回ご利用になるときにいくらか割引を...」などと生ぬるいことを抜かしている。もちろん私はこの条件をつっぱねた。

 「わかった。僕がお宅の店長に電話して話をつける」

 切れた私は、集金にきたドライバーを追い返し、担当地区の店長に電話をかけた。そして事の顛末を話すと「今回の件はまことに申し訳ございませんでした。請求書のほうはこちらで処理しますので」ということで、ようやく私の主張は通り、先月分の代金を払わずに済んだのだ。

 このエピソードでいわんとすることは「皆さんもクレーマーになりましょう」ということではない。私が言いたいのは「自分をもっと大きく扱ってほしい」ということだ。

 あなたは正当に扱われる権利がある。自分の意見をきちんと聞いてもらう権利がる。カネを払う以上、正当なサービスを受ける権利がある。そしてなによりも大事なのは、自分の夢を実現する権利があるのだ。

 よく「自分の思うとおりにならない。自信がないんです」と言う人は、決まって自分の扱いかたが小さすぎる。いい人でいたいという気持ちから、周りの目を気にしてしまうあまり、主張すべきときに主張できないのだ。私は自分がそうだったからよくわかる。僕はずっと「いい人」でいたかったから、怒れなかったし、自分を主張することもあまりなかった。でも、そうしているうちは絶対に自分の夢はかなわない。

 もっと自分を大きく扱おう。もちろん、周りのことを考えず、自己中心的な傲慢なやりかたはいけない。しかし、自分の権利は堂々と主張してよい。あなたは大事な存在だ。「自分はきちんと扱われて然るべき」というオーラを出そう。それがないと人からなめられる。

 私がこういった問題で会社や店に食ってかかるときのエネルギーは、本などの企画を通すときと同じだ。「自分をいい加減に扱う相手は許さない」「自分がいいと思ったものは間違っていない」、この【パッション=情熱】が仕事でも人生でも必要なのだ。

 私は悪徳クレーマーだろうか?その判断は皆さんにお任せするが、普段物静かでおとなしい私も、自分の権利については猛烈に怒っている。レストランで、デパートで、旅行先で...。この種の話には枚挙にいとまがない。もっと聞きたい方、またの機会に。

<今月のレッスン:人からどう扱われるかを決めるのは、自分をどう扱っているかである>