2018年08月24日

親に「ウザイ」、「クサイ」と言う子どもの気持ち

先日、高校生の娘さんがいるという男性から「ちょっと相談してもいいですか?」と言われました。お話を伺うと、娘さんとの関係に悩んでいるとのこと。

「僕が少しでも話しかけると、『ウザイ』、『クサイ』、『キモイ』、『暑苦しい』なんて言うんです。そういう年頃だとは思うんですけど、僕としてはやっぱり傷ついちゃうんですよねぇ」

大事に育ててきた娘に「ウザイ」とか「クサイ」なんて言われれば、傷つくのももっともだと思いながら、私は少し気になることがありました。

ひとつは、娘さんからひどい言葉を言われたとき、お父さんはどんな態度を取っているのか。もうひとつは、娘さんは「お父さんだけ」にそんなことを言っているのか。たとえば、お母さんに対しては言わないのか。さらに、もしも「お父さんだけ」に言っているとしたら、そういう娘さんの態度について、お母さんはどんな注意をしているのか。

これらについてあらためて伺ってみると、「一番言うのは僕に対してですが、母親や弟、祖父母にもときどき言っています」、「以前は注意することもあったんですけど、最近はもうあきらめというか、言われっぱなしになってますね」と苦笑い。

男性の言葉からは、娘さんの暴言が日常のひとこまになっている様子がうかがえます。周囲の家族もあきらめているのか、特に注意はしていないようですが、これでは親子関係がいい方向には進まないように思えました。

私が取材する中高校生の中にも、親に対して「ウザイ」、「キモイ」などと言っている子どもがいます。彼らに、「なんでそう言うの?」と聞くと、「だって親が口うるさいから」とか、「なんか親が嫌い」とか、「親が自分のことをわかってくれない」などと、さまざまな理由が出てきます。

「なるほど、あなたたちは親に対していろんな気持ちがあって、だからついウザイなんて言っちゃうんだね。じゃあ、そう言われた親の気持ちは?」

こう尋ねると、彼らはちょっとビックリしたような顔をして、「親の気持ち? そんなのわかんない、知らない」、「まぁイヤかもしれないけど、別になんにも言ってこない」などと言うのです。

こうした声を聞くたび、親子間のコミュニケーションに肝心のことが抜けていると感じます。それは、お互いの「気持ち」について語り合えていないことです。

「ウザイ」、「キモイ」などという言葉は、本来言ってはいけない言葉です。けれどもそれをわかりつつ言ってしまう子どもの側には、実はいろいろな感情や気持ちがあります。それこそ、「親が自分のことをわかってくれない」という苛立ちや不満があるかもしれません。あるいは、「いけないとわかりつつ言ってしまう自分」に対しての自己嫌悪や後悔の念もあるでしょう。

まずは、こうした子どもの本音を聞き出してほしいのです。
「お父さんに向かって、ウザイ、クサイって言うけど、そういう言葉を使うのはなぜ?」
「不満があるなら話してほしいけど、今、言える?」
「キモイなんて言ったあとで、どんな気持ちになってるのかな?」
こんなふうに聞いてみてください。もしかしたら、なおさら「ウザイよ」、「カンケーねえだろっ」などと言われてしまうかもしれませんが、ここでひるんではいけません。

今度は「親の気持ち」をしっかり伝えます。
「ウザイなんて言われたら悲しいよ、傷ついちゃうよ」
「おまえにもいろんな気持ちがあると思うけど、お父さんにもいろんな気持ちがあるんだよ。そういう気持ちを、ちょっとだけでも話し合えたらうれしいな」
「親と話をしたくないかもしれないけど、それは寂しいな、残念だよ」
こんなふうに「悲しい」、「うれしい」、「寂しい」といった「感情の言葉」を使ってほしいのです。

子どもたちは自分の気持ちを親にわかってほしいだけでなく、「親の気持ち」も知りたがっています。「ウザイとかクサイなんていう言葉は使っちゃダメ」というだけでなく、「そういう言葉を言われると悲しい、つらい」と言われてはじめて、親と話し合えた気持ちになれるのです。

多くの子どもは、「一般論」ではなく、「血の通った言葉」を求めています。世間に対して恥ずかしいとか、ほかの子と比べてダメだとか、そういう言葉では子どもの心に届きません。「私」が悲しいから、「お父さん」が寂しいから、だからやめてほしい――、こんな「一人称」で語ってみませんか。

もちろん、「私」はあなたが大好きだ、「お父さん」はおまえのことを信じてるよ――、こういう言葉も照れずに使いましょう。

子どもはおとなが思う以上に、おとなの生活、親の気持ちを知りたがっています。そういうことを語ってもらえないから「寂しい」、「ムカつく」のであって、彼らの本音はもっと親と近づきたいのです。

最近は、家族がそろってもそれぞれスマホ操作に夢中で、ほとんど会話のない家庭も増えています。もしかしたらそういう家族の在り方が、子どもにとっては「寂しい」ことかもしれません。

ちょうど夏休み、子どもたちにはたっぷり時間があります。この機会に、「お互いの気持ち」を語り合う場を設けてみるのも、かけがえのない思い出になるのではないでしょうか。