今回は、メディアでもご活躍中、国連環境計画の金融イニシアチブ特別顧問として、地球温暖化問題に金融という側面から取り組んでいらっしゃる末吉竹二郎さんをお迎えし、危機的局面にある地球環境問題において、各企業がこの問題にどう取り組むべきか、お話をうかがいました。 >>後編はこちら
【対談のお相手】
末吉 竹二郎
/国連環境計画 金融イニシアチブ(UNEPFI)特別顧問
1967年東京大学経済学部卒業後、三菱銀行入行。1989年より米州本部に勤務。ニューヨーク支店長、取締役、 東京三菱銀行信託会社(ニューヨーク)頭取を経て、1998年、日興アセットマネジメント副社長。日興アセット時代にUNEPFIの運営委員会のメンバーに就任。これをきっかけに、この運動の支援に乗り出す。2002年の退社を機に、UNEPFI国際会議の東京招致に専念。2003年10月の東京会議を成功裏に終えた。現在も、引き続きUNEPFIに関わるほか、環境問題や企業の社会的責任(CSR/SRI)について、 各種審議会、講演、TV等で啓蒙に努めている。
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■まるで「無計画なダイエット」!? ―日本企業の環境対策の現状
村田:来年は、北海道の洞爺湖で主要国首脳会議(通称「洞爺湖サミット」)が開催され、日本はホスト国として「環境重視の日本を世界にアピール」というコンセプトを掲げています。また、京都議定書(※)にアメリカが未だに署名しない現状にあって、国際的にも日本がCO2削減問題についてイニシアチブを握る立場にあるとみられています。このように、環境問題は急務の課題ですが、日本企業の現状をどうご覧になっていますか?
※「京都議定書」・・・1997年に京都で締結された国際条約。温室効果ガス6種類の抑制を目的としており、各国の削減目標が定められている。日本は 2008~2010年までに温室効果ガスを 6% 削減することになっている。
末吉:よく講演などでもお話するのですが、私は2つの危機感を持っています。1つ目は、地球温暖化が危機的局面を迎えていることに対する危機感。もう1つは、この現状に対して日本が危機感を持ってないことへの危機感です。
村田:2つ目の危機感は確かに深刻ですね。例えば、どういったところに危機感の無さを感じますか?
末吉:企業の環境問題への姿勢を例にとれば明らかですね。例えば、海外の企業は、科学的知見をもとに問題意識や今後の対応を表明します。客観的な数字やデータを出して、「何」が「どう」大変なのかを説明することから始めるんですね。一方の日本は、そのような論理的な前提を置かない。それを明らかにしないまま、例えば「地球にやさしい」とか「環境に配慮しています」とか、曖昧な表現を使って対策をとった気になっている。「なにやら深刻な問題だから一応何かやるか」という程度のスタンスのところが多いです。国際的にみれば1周も2周も遅れをとっています。
村田:無計画なダイエットみたいなものですよね。痩せなきゃとダイエットを始めたものの、自分がどういう状況にあるかを知らない。ただ漠然と「痩せたい」といっても、「今の体重は何キロか?」「適正体重は何キロか?」「何キロ減らしたいのか?」という現状把握がないから、太りたくないところに肉がついて、痩せたくないところの肉が落ちてしまう(笑)。
末吉:もっと言えば、「どの位置の肉を落としたいのか?」まで認識しないと(笑)。でも真面目な話、論理的な前提を置くか否かで企業の「本気度」が試されているわけです。
■企業は発想転換が迫られている
村田 :日本では、地球温暖化が企業経営にもたらす影響について現実的に認識している企業が少ないのが現状です。
末吉: とはいえ、その影響は数字を見れば明らかです。ハリケーン・カトリーナがアメリカを襲った2005年、自然災害による全世界の経済損失額は、26~7兆円といわれています。2004年は18兆円。ここ数年で数字が急激に跳ね上がっているんです。昨年(2006年)は大型の災害がなかったので5兆円でしたが、今年は「ディーン」というハリケーンがアメリカに迫ってきています(取材日8月20日)。もし直撃したら、また被害額が上がるでしょう。
村田: 環境問題と経済問題は切っても切り離せない関係ですよね。1980年代後半から90年代初頭にかけて自然災害が頻発し、アメリカでは損害保険会社が次々に倒産した事実もあります。日本でも、2004年7月に新潟と福島を襲った集中豪雨で、被害額が73億円にも上ったともいわれました。今後、こういった自然災害が頻発化・大型化していくと、ひと晩で何十億円ものお金が失われ、さらには人命まで失われる事態は免れません。このようにリスクが顕在化しているのに、多くの日本企業が環境問題に対して本腰を入れられないのはなぜでしょうか?
末吉: やはり、リスクを我が身に置き換えられないのでしょう。実感していれば、とっくに対策をとっているはずです。市民団体の影響力が大きいヨーロッパでは、環境問題に対して無策の企業は、NGOによって経営の窮地に追いやられるほどに糾弾されます。日本では、そこまで一般市民の力が強くないために企業の切迫感が高まらないのも要因の1つです。
村田: そのような社会からのプレッシャーを含め、今のところ売り上げに直接の影響がないために後回しにしてしまうんですね。事実、対策をとろうとすれば先行投資をしなければなりません。環境対策の減価償却は5年といわれていますし、ましてや現在の景気では、先延ばしになりがちです。そう考えると、日本企業の経営スタイルにも関わってくる話ではないでしょうか。
末吉: おっしゃるとおりです。従来の日本企業は、安定株主のもとで、人材の社外流出も少なく、長期的経営プランを立てていました。そのスタイルが「強み」でもあったのですが、いわゆるグローバル化の波によって、アメリカ型の短期志向にシフトしました。しかし、現在のアメリカ企業は逆に長期的経営プランにのっとって環境対策に本腰を入れています。経営スタイルが日米で逆転しています。
ですから今後、いわゆる”フラット化する世界”において、現在のままでは日本企業にアドバンテージがないのは火を見るより明らかです。むしろハンディキャップになると考えたほうがいい。企業経営者は、環境対策をあくまでもビジネス戦略の1つであると認識するべきです。厳しい言い方かもしれませんが、それができない企業は「経営者の怠慢」と見られても仕方ないでしょう。
村田: 先ほど、日本における市民の力は欧州と比べるとまだ小さく、企業への影響力が弱いという話が出ましたが、消費者から企業への働きかけはやはり重要でしょうか?
末吉: もちろん、消費者は物凄い影響力を持っています。消費者を敵に回せば企業は潰れます。しかしそれは消費者を全体的に捉えた場合の話です。個人単位で見れば、社会的には極めて弱い立場、あるいは情報が得られない立場にあります。かたや企業経営者という立場は、自分が何かを決断すれば社会の物事が動くポジションにあります。そう考えると、「一消費者」と「一経営者」とを比べたら、間違いなく後者の踏み出す一歩のほうが大きく、社会に大きな影響を及ぼします。ですから、まずは経営者が動かなければならないし、動くべきだと私は考えます。
村田: いわゆる「グリーン・コンシューマー」という、環境のことを第一にして商品を選ぶ消費者が増えれば、企業の姿勢も当然変わってくるとは思いますが、消費者のほうも意識はあるものの行動にはなかなか表れてこないのが現実ですよね。やはりどうしても「こっちのほうが安いから」という基準になってしまう。消費者側の意識改革を待っていては、企業の危機感はいつまでたっても高まらない。
末吉: それが現実です。ですから、まず企業が最初の一歩を踏み出して、自分達だけが動いても何も始まらない、ということになったときに、初めて消費者に向けて訴えればいいのです。「皆さんが動かないと、結局は皆さんにもツケがまわってきますよ」と。「これは我が社の問題でもあると同時に、ゆくゆくは皆さんの問題でもあるのです」と、論拠を出してメッセージを発信すれば、社会が大きく変わる可能性が高いでしょう。
当然の話ですが、地球の存続なくして企業の存続はありえません。その当たり前のことを改めて認識して、環境対策が自社のリスク管理上、極めて重要な問題であると捉えて行動していく企業が求められていく。逆に言えば、それができない企業は「負ける」といっても過言ではないでしょう。
村田:なるほど。日本企業の環境への取り組みは、厳しい段階にあることがわかりました。
次回の後編では、実際に「環境」という切り口でビジネスを展開している企業の事例を取り上げながら、現在の危機的状況をビジネスチャンスに転換していくための具体的なお話をおうかがいしたいと思います。
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村田佳壽子むらたかずこ
環境ジャーナリスト
桜美林大学大学院修士課程修了。元文化放送専属アナウンサー。1989年環境ジャーナリストの活動開始。現在、明治大学環境法センター客員研究員、ISO14000認証登録判定委員、環境アセスメント学会評議員、…