2015年03月02日

子供たちが安心できる社会づくり <一人ひとりが取り組むこと>

私がこんな年齢に差し掛かったから特にそう感じるのか、最近のニュースがあまりにショッキングな内容が多すぎて、ここのところ話を聞くだけで身震いしたり、鳥肌が立ったりします。今もこのコラムを書いていながらも、直近で捜査が進められている事件があり、おそらく間もなく展開があるのでその結果を受けて見解することはできませんが、現段階で今回の事件について私が思うことを述べさせて頂きたいと思います。

その事件とは、川崎市の中1殺害事件のことです。とにかく私は被害者少年のその時の恐怖や痛さを思うと、犯人に対して言いようのない激しい怒りがこみ上げてきます。「よくもこんな酷いことができるものなのか」と。そしてまた、少年が死に至るまでに本当に食い止められるタイミングはなかったのかと、被害少年を取り巻く環境や大人達、社会の関わり方に心底恨めしい気持ちになってしまいます。そんな中さらに上乗せで苛立ちを感じさせるのが、犯人の目ぼしはついているのにいつになく逮捕までに時間がかかっていること。おそらく犯人とみられる者達が未成年ということで、警察も裏付けを確実に取り慎重に進めているのだろうと報道や世間の多くがそういう説明ですが、これが少年法の難しさということなのでしょうか。
一部ネットでなぜ逮捕が遅いのか?ということで噂や憶測が飛び交っていますが、とにかくこの事件が起こってしまった背景を今後検証すればするほど、色んな問題が複雑に絡み合っていて、この絡まりを解くのは容易ではないこ
とが想像されます。

今の段階で私が思う、私達がやるべきことは、子供たちが困ったときに相談してもいいと思ってもらえる大人に一人一人がなることです。きちんと解決できるまで責任を持って見守る社会にしていくことです。これは何を指して言っているのかというと、被害少年が友人に「殺されるかも・・・」と打ち明けていたけれど「絶対に言わないでほしい」と言っていたこと。これはもし言っていたことが相手にばれてしまった時の更なる報復が怖いからです。また、思春期の多感な時期は、それを言う事も何故だか恥だと思ってしまうところがあります。私自身もそんな経験がありました。そして何よりも少年もまた少年の友人も、周りの大人に助けを求めたとしても、この事態を上手く解決してくれる大人はいないと感じていたのではないでしょうか。保護者、学校、地域、警察・・・この連携が重要と言われて久しい中、子供達は助けを求めることを諦めてしまっているように見えるのが悲しい現実です。

話が飛躍しますが、大人になっても人間一生学びが必要だと私は思うのです。道徳教育が義務教育の中で見直されていますが、子供に限らず大人になってからも物事の善悪を考え、話合う場は必要だと思います。次世代を守るためにも、導くためにも、むしろ大人になってからの方が道徳観や問題解決の術を多く持つことは大切なように感じます。教育や福祉の機関に関わる人達だけが子供を守る仕組みや施策を考えていれば事は済むのか。これはまったく違うはずです。大切なのは大人全員であり、社会全体です。地域や市民講座などで防犯やいじめ根絶を呼びかけるイベントを行ったとしても、参加できる人は限られていて、しかも元々その意識が高い方が集まられるのがほとんどではないでしょうか。聞いてほしい、考えてほしい人には伝わっていかない。仕事で物理的にこのようなイベントに参加できない方も多いと思いますし、このような企画があることすら知らない、関心もないという方もいると思います。

だからこそ私は製造業でも、サービス業でも、義務教育を卒業した後の年齢の方達にも、あらゆるコミュニティやネットワークを使って、業績を上げるためだけの研修や勉強会ばかりではなく、今回のような社会問題と捉えられるような時事のニュースを扱ったディスカッションの場が強制的にでもあってほしいと思います。たまたま見かけた子供の不安そうな表情や、暴行を受けたような跡が見受けられたら、どんな行動を取って問題可決に導いてあげられるのかを考えておくことは非常に意味があります。子供達にも「報復を心配せず、安心して相談してきてほしい」と教えられるそんな日本に成熟していきたい。とにかくこの事件の今後の展開に引き続き私は注視したいと思います。