2009年02月27日

教育について思うこと

ここ1、2週間の間に立て続けに学校の生徒さんに向けての講演をすることが重なりました。小学校も中学校も高校も3月と言えば卒業式が控えているからでしょうか。年度が終わる前に「子供たちに何か残ることを・・・」と学校側やPTAの方々が考えられ、予定されることが多いからなのかもしれません。なぜこの時期に学校の講演が多いのか?という真実の背景は別にして、いずれにしても私はそのお陰で様々な地域に赴くことができ、特徴豊かな校風の学校の先生や保護者の方々とお話をさせて頂く機会を得ています。なんと言っても、それぞれの環境で育っていらっしゃる生徒さん達との出会いが私にとっての刺激であり、「ああ、子供たちいい表情だったな。かわいかったな。さらに自分を磨いて、経験を積んで、子供たちの笑顔を増やせるような活動をもっと頑張ろう。」と、日々の生活のモチベーションになっているのですから、この1、2週間はまさに充実の時でありました。

さて、そんな中、私はとある会議にもこの期間中に出席したのです。その内容とは、ざっくりとした表現になりますが「地域の人々の健康増進のためにスポーツ振興を進めよう」というもの。この会議の中で「子供スポーツ推進」という議題に移った時に、運動能力テストの話題になり、このテストの数値が年々下降線をたどる一方だということや、その根本には、走り方やボールの投げ方がわからない子供たちが増えているということが上がりました。この現象の原因として、以前からゲームやパソコンなど室内で行う新しく面白いツールがどんどん登場し、子供たちが外で遊びまわるということが極端に減ってきていることが指摘されていますが、データを細かく見ると一概にそれだけではないことが見えてきました。数値とはテストを受けた生徒のデータの平均値を出しているものです。全体的に運動能力が低くなっている訳ではなく、まったく運動ができない子供と、頭抜けてできる子供と、実は二極化しているのです。

そういえば頷けます。ゴルフにしろ、卓球にしろ、小さな子供たちが活躍する映像がニュースで流れていたりして、最近は競技を始める年齢が低年齢化している傾向があります。しかも大人顔負けの技術やプレーも出てきたり、まさにスーパーキッズ。やる気のある子供たちはスポーツ少年団などに参加し、「目指せオリンピック!目指せプロ!」という意気込みでもって家族ぐるみの取り組みになります。保護者の方々も本当に一生懸命応援しています。一方で、スポーツをしない子供は生活自体がスポーツをやってみようという設定になっていないように思います。その背景には共働きをされているご家庭が増えていて、子供と一緒にレジャーやスポーツイベントに参加するといった機会や、送り迎えなどの時間が取れないというやむを得ない事情もあるのではないかと思います。あとは前にも述べたように、室内でできるツールが増えたということもあるでしょう。あるいは経済力という切実な部分にも関わってくるかもしれません。しかし、ある程度の運動をしなければ健康的にもよくありませんし、運動不足の習慣がよりスポーツに対しての意欲を削ぐ結果になるような事が起こってきます。例えばスポーツテストのときに、スポーツをやっている子供の動きをみてしまうと「自分はどうせできない...」と全力を出す前に気後れしてしまうことがあります。昔はこれが同じ地域に住む上級生、下級生入り交って外を駆け回ることで、自然と下級生は上級生の速さや能力についていけるようになり、また上級生は下級生に負けじと新しい遊びの動きを編み出すという相乗効果があったのだと思います。

運動能力テストのみならず、一時、大阪の橋本知事の発言で話題になった学力テストでも今、二極化という同じ現象が起こっていると言われています。

私はこの現象の解消には、子供の周りにいる大人達、親、学校、地域の連携が機能して初めて進んでいくものだと考えます。夢のような構想ですが、地域の人々が通いやすいところにスポーツができる環境が全国的に整備され、学校でも体育の時間に子供たちが体を動かすことが楽しく思える授業の展開と先生の指導力があり、何よりも子供のご両親が、子供たちに「一生懸命することや、全力を出すことって楽しいんだよ。」と伝え、経験の機会を作ることが大切ではないかと思います。現実には難しいことかもしれませんが、実際やろう!という気を持てなければ、きっとデータはさらに下がっていくばかりになるでしょう。

講演に伺って、屈託のない子供たちの表情や反応が豊かな学校に行くと「きっとここは親、学校、地域の連携が図れているんだろうな。」と思わざるをえません。なぜなら、校長先生や教頭先生、担当の教員の先生、PTA、また教育委員会やJC、YEG、法人会、ロータリー、ライオンズなどなど色々な方々とお話をさせて頂きますが、この間でかなりのコミュニケーションが図れていることが分かるからです。そこには教育の責任のなすりつけ合いはなく、子供たちの情報を共有して将来を一緒に考え、そして、大人は子供たちにいつ自分の背中を見てもらっても大丈夫なように自分自身にも自信を持っていられるよう頑張っていらっしゃる姿があります。なんだか大人は頑張ることがたくさんありすぎるようにも思いますが、私も一人の大人として能力の出し惜しみをせず、最後に「よかった」と思える人生を送りたいなと思う今日この頃です。