2014年04月01日

目的意識が持てるかどうかで子どもの将来は変わる

 "消費増税の4月!今買うべきものは!?"といった具合に、特に年明け頃からカウントダウン商戦が始まっていましたが、このように変わっていく"増税"というトピックス以外にも、4月といえば色んなことが目に見えて変わってくると思います。その中で最も劇的な変化があるのは、接する人、環境、社会から求められる役割など、ガラリと変わるのが進学する人、就職する人ですよね。今回はこの"進学""就職"について少し考えてみたいと思います。

 ちょうど私の身近に、中学から高校に進学する人と、大学から社会人になる人がいます。たまたまこの2人ともが、『将来はこうありたい』というしっかりとした目標があり、目的意識を高く持って受験する学校や企業を選択し、そこに進むことができた訳ですが、もしかしたら今回同じく受験や就活をされた多くの人達の中には、『とりあえず・・・』という漠然とした感覚で、選択をしないといけないタイミングだからと追い立てられて人生の選択をしているのではないか・・・このことによって、今はまだ表面化していないミスマッチが起こっている可能性もあるのではないか、と思っています。 

 例えば、高校受験。日本は中学までが義務教育なので(それまでに私学などに受験している人もいるので一概には言えませんが)、人によっては初めて自分の人生を考え、進みたい方向性を見出し、自分に合ったことが学べる学校を選択・受験し、あるいは就職するということになります。しかし、その時起こりがちなのが、親から「いい就職ができるようにとにかく勉強して。できるだけレベルの高い学校に行って」と言われ、"難しい学校に入ることが目的化"してしまう事態です。

 これは「自分という人間は一体どんなことが好きで、どんなことに頑張れる性格なのか?」と内省する機会を奪ってしまうことになるのではないでしょうか。親心としては非常によくわかります。今の社会の構造上、やはりまだ高学歴は有利だと言われています。だから子どもには「しっかり生活していけるような職についてほしい」=「いい大学を出ないといい条件の職につけない」と言ってしまう図式にはまりやすいと思います。ここで気づいておきたいのが、不思議なことに親が誘導していくその延長線にあるのは、誰が見ても有名な大企業でサラリーマンとして働いている姿かエリート公務員。職業はたくさんあるのになぜかそのイメージに繋がっていきます。起業したっていいし、一流の職人だっていいはずです。

 去年の1月から文部科学省の教育再生実行会議メンバーとして私も活動をしているのですが、その中でも強く感じていることは、 "学ぶ"ことに対して目的意識を芽生えさせる言葉掛けが、親をはじめ子どもに関わる大人達(先生や塾講師、習い事の先生など)からもっと明確に出てしかるべきではないかということです。「何でもいいから勉強しろ」ではなく「なぜ勉強をすることが必要なのか?」をしっかりと子どもに考えさせる時間を作ること。そうすることで、その意味を見つけた子ども達が「僕は、私は、こうなりたいから、それに近づくために!」と、自ら進んで取り組める環境が作られるのです。目的を持っていない状態での勉強は子どもにとっては苦痛でしかありません。

 その証拠に、大学受験まで悲愴感を漂わせながら必死に勉強し、受験に合格した暁には、そこが目標到達点になり「嫌なことから解放された」と燃え尽きてしまう状況が今の日本では少なくないようです。社会で活躍できる人材になるために、本当はさらに深く、大学で専門分野を学びたいところですが、大学合格が目標到達点になってしまった学生はそうはいきません。

 そして、あれよあれよという間に就職活動が始まっていくのです。受験を突破した後も、やりたいこと、目指したいことなど、しっかりと目的を持って勉強や研究をしている学生は、おそらくエントリーシートを書くときも、面接のときも、自分の意志を明確に表現する力があるので引く手あまた。一方で、自分に合っているかどうかに関係なく、何となく一流企業だからとエントリーをしたり、「みんな何十社とエントリーしているから」と安心感の為に何十社の採用試験を受け、結局は企業の人事担当者にも熱意が伝わりきらず、エントリーした分の企業から不採用の通知がきてしまうというスパイラルに陥る学生もいるわけです。どんなに前向きな性格であったとしても、不採用という文字が重なるとじわじわと精神的にこたえてきます。「自分は世の中に必要とされていないのかも・・・」というような思考になってしまう可能性もあります。

 夢や目標を持つタイミングは、人に強制されるものではありません。遅咲きの人だっています。しかしやっぱり思うのは、子どもの時から自分の未来をどう考えるのか?を大人が事あるごとに問いかけたり、促したり、そういうコミュニケーションを密に取ってあげることが重要なのではないか、ということです。そして、もう一つ。親世代の固定観念を変えることも必要なのではないかと思っています。子どもたちが自由な価値観の中で職業や将来を選択できる、幅広い選択肢を与えてあげられること。先ほどもお伝えしたように、親たちの誘導していく将来像が有名な大企業のサラリーマンかエリート公務員だけでは、選択肢はとても狭いと思いませんか?

 例えば、日本はモノづくりの技術が非常に高い国です。食も世界の中で誇れる分野です。そこに必要な人材は実践で素晴らしいものが作れる技術者であり、職人です。しかし、親たちがそれを目指すことを素晴らしいことだと伝えきれていないのではないでしょうか。こども達が「誇り」を持って取り組める分野かもしれないのに・・・。

 日本の学校制度を見回してみると、工業高校や商業高校、農業高校が素晴らしい職人や技術者を排出できる教育機関となるよう、もっと見直しが必要かもしれません。サポートを充実させたり、子どもが「このモノづくり面白い!もっと突き詰めたい!」と学ぶことを楽しいと思えるようなカリキュラムであったり、指導者の配置であろうと思います。

 子どもたちの将来と教育のあり方、親や大人のあり方、まだまだ考えることがありそうです。