2011年06月01日

震災結婚

 情報番組を観ていて、その面白い切り口に思わず見入ってしまった特集がありました。その特集名は『震災結婚』。なんと、その数日後には『震災離婚』まで。両方とも3・11を境にこれまでの割合からかなり率が増えているということだったのですが、なるほどの理由がいくつか出てきました。有事の際、何を一番守りたいか?という究極の選択を迫られる状況下に置かれると思いますが、その時咄嗟に出た言動にどうやら本性が現れてしまうようで、特にそれが離婚の方の理由として亀裂を生むきっかけになるということでした。

 映画作品でもこのように非常事態に陥った際の人間の心理をサスペンスタッチで描く物があったかと思います。命が懸かると本性は剥き出しになり、血で血を洗うような壮絶なサバイバルゲームなんてことに...。これは現実離れし過ぎていますが、でもこの特集の内容、自分の身にもいつそれが降りかかってくるかわかりません。なんだか身につまされる話です。

  『震災結婚』の結婚する理由は、やはりあの大災害を目の当たりにして、あるいは実際に被災されて、それぞれが命の儚さをお感じになったのだと思います。「いつ、どこで、何が起こるかわからない。明日が当たり前のようにやって来て、当たり前のようにこの人がいてくれるなんてことはないんだ。」と、身近にいる家族や知人や恋人という大切な人のことを想い、だから少しでも絆を強く持って離れないようにしていたい。一緒にいたい。と。結婚は法的な形式だけのことですけども、こうした『繋がっていたい』という気持ちが形として表わせる手段が結婚なのだと括られていました。

 そしてもう一方の『震災離婚』の方。この亀裂が入る具体的な理由を番組内でいくつか挙げていましたが、これがまた「ああ...。こういうことあるんだろうなぁ...。」と共感にも似た複雑な思いでその理由を聞いておりました。

 例えば...夫の側からの離婚を考える理由の一つ。福島県出身のご主人。実家のご両親は現在も福島県在住で、原発の被害も終息しない中、高齢のその身を案じて東京に呼び寄せ一緒に住まわそうと妻に話すと、同居することを頑なに拒否。いくら頼んでも聞く耳を持ってくれない。こうなれば、妻と別れて両親と住むことを選ばないと見殺しにしてしまうようなものだ...。

 妻側の理由として挙げられていたのは、自宅が浸水し、食糧の確保もままならない中、子供を抱えながら必死の思いで何時間も商店に並んでやっと手に入れたカップラーメン。家族は5人なのに購入できたのは4つ。大切に分け合って食べようとしていたが、用事で家を開けその外出先から戻ってきたら、子供達の分も考えずに夫がカップラーメンを一人で平然と平らげていた。なんて一人よがりな。この人とはやっていけないと思った...。

 などなど。理由はごく些細なことかもしれませんが、特に非常時には通常以上に感受性が豊かになっているので、こんなに些細なことでも知らなかった人間性を見ることになってしまったり、価値観の違いなどが顕著に表れて愕然とする結果に。

本当にどれを聞いても『あるある』...のお話しばかり。 
夫婦間の問題だけではなく、一人の人として願わくば本性が見えても愕然としない、あるいは本性を見せても愕然とされないお付き合いを日頃からしていたいと心から思う今日この頃です。