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コラム 政治・経済

2016年08月10日

食の安全・安心とTPP

 今後、TPPにより農産物や食品の輸入が増加すると予測されますが、食の安全・安心の確保が大きな課題になります。今回は、TPPに関連して食の安全・安心の問題を展望してみます。

TPPと日本の食の安全

 TPP協定の第7章の「衛生植物検疫措置」において、人や動物、植物の生命や健康を保護しつつ、各締約国が実施する衛生植物検疫措置が貿易に対する不当な障害をもたらすことのないようにすることを確保することに関する規定が設けられています。
 個々の規定は、科学的な原則に基づいて加盟国に食品の安全を確保するために必要な措置をとる権利を認める世界貿易機関の衛生植物検疫措置協定を踏まえた内容になっています。これらの規定の中に日本の制度変更が必要となる規定は設けられておらず、従って、TPPにおいては日本の食品の安全が脅かされるようなことはないとされています。

食の安全等に関する日米間協議の経緯と両国の基本的な姿勢

 食の安全基準にかかわる事項は、常に日米間の協議対象になって来ました。1994年から始まった日米年次改革要望書協議や、2011年から行われている日米経済調和対話は、両国の経済発展のために改善が必要と考える相手国の規制や制度の問題点について要望、協議するものです。これらの中で、米国側から日本における残留農薬の規制緩和等の要望が続いています。これらの協議に限らず、残留農薬問題などの食の安全にかかわる事項は日米間で様々な機会で議論されています。TPPもその機会の一つでした。

 世界貿易機関の協定では、「各国が食品の安全性を確保する」ことや、「科学的に正当な理由があれば、より高い基準をもたらす措置をとる」ことも認められています。一方で世界貿易機関の協定では、「国際的な基準や指針、勧告がある場合はそれを使うことを奨励」もしています。
 コーデックスとは、国際連合食糧農業機関と世界保健機関の世界食品規格を策定する国際機関で、世界貿易機関の協定で国際基準と位置づけられています。日本の食の安全基準は、一般にコーデックスの国際基準より厳しい設定になっています。米国は、日本がコーデックスの国際基準に合致した基準値の実施措置を導入するよう、日本に対して強く求め続けています。
 その他、米国から日本に対しては、日本の厳しい基準が貿易の障壁であるとして基準の緩和を求めています。このように、日本の食の安全確保と米国の貿易障壁の除去要請の対立は、TPPの2国間並行協議や日米経済調和対話などの中で今後も続いていくことになります。

個々の問題と日米の主張

(1) BSE問題と日米
 米国は日本がTPPに参加する条件として牛肉の輸入条件の緩和を求めました。その結果、米国の要求を受け入れてこれまで月齢20ヶ月以下までであったものが、2013年2月に30ヶ月以下の米国産牛肉の輸入が可能になりました。検査対象となる国産牛の月齢も48ヶ月超に緩和されました。2013年7月には日本全国で行われてきた全頭検査についても一斉に停止されました。
(2) 遺伝子組み換え食品問題
 米国は日本に対して、米国が安全だと科学的に証明している遺伝子組み換え食品に対する表示義務は不適切であり廃止を、また「遺伝子組み換えでない」という任意表示も、遺伝子組み換えがあたかも危険であるかのような誤認を招くとして廃止を要求しています。それに対して日本は、原則として全て表示して食品のより高い安全性を確保するという姿勢を貫いています。なお、遺伝子組み換え食品問題に関しては、オーストラリアやニュージーランドも日本に近い考えです。
(3) 食品添加物問題
 米国は日本に対して、添加物の審査の迅速化と基準緩和を要求しています。米国では食品添加物は3000種類あります。日本は食品の安全性を確保するために、日本の現行の制度の維持を主張しています。なお、日本が認める添加物は約800種類です。
(4) 残留農薬問題
 米国は日本に対して、日本で2、3年かかる基準審査の迅速化を要求しています。また、ポストハーベストの基準を緩和し、より濃度の高い農薬を使えるよう求めています。防カビ剤に関しては、添加物と農薬の両面での安全性を評価する日本の方法は二度手間と指摘し、改善を求めています。
 それに対して日本は、食品安全委員会が動物実験などで危険性などを検証し、作物ごとに基準値を決定するとしています。米国では日本の基準の60~80倍もの緩い基準が採用されています。なお、日本の残留農薬ポジティブリスト制度の値は0.01ppm以下と米国に比べて厳しい基準を設けています。

原料原産地の表示を義務付ける対象の拡大

 現在、野菜や果実などの生鮮食品は、全て原産国の表示が義務付けられています。また、加工食品で原料の原産国を表示する義務がある品目はごく一部に限られ、農産加工品、畜産加工品、水産加工品の中の22の食品群と、農産物漬物や野菜冷凍食品など個別の品質表示基準がある4品目です。輸入品の安全性に不安を感じる消費者や、国産品との差別化をしたい農家らからは、表示義務の対象拡大を求める声が以前からありました。
 
2015年秋のTPPの大筋合意の直後から、消費者庁はTPPに関連し、加工食品の原料原産地の表示を義務付ける対象を拡大する方向で検討に入っています。ただ、表示義務の拡大は流通業界にとっては負担の増加になります。

 TPPへの参加は進行する経済のグローバル化の一環です。原産地表示の拡大については、農家と消費者に対して流通業界との綱引き、残留農薬問題については、国内農薬業界と農協に対して米国等との綱引きという構図で進んで行くと予測されます。
 食の安全・安心問題は突き詰めて行くと、各業界の利害ともからみ極めて複雑です。安くて安全な食品の安定供給等の問題については、企業や団体の利益ではなく消費者の本位の立場で事態が進んでいくことが望まれます。そのためには、消費者は正しい知識と情報を入手して、それに基づき判断されることを期待致します。

進藤勇治

進藤勇治

進藤勇治しんどうゆうじ

産業評論家

経済・産業問題、エネルギー・環境問題、SDGs、コロナ問題をテーマとした講演実績多数! 経済・産業問題やエネルギー・環境・災害問題、SDGs、コロナ問題などについて最新の情報を提供しつつ、社会…

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