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コラム 政治・経済

2012年09月10日

中国の未来は、みんな北京が決めている

私は2002年から3年ほど上海に駐在した。野村総合研究所の中国で事業を立ち上げるためだ。そしていったん日本に帰任したあと、2007年今度は北京に赴任して現在に至っている。少し時間はずれてはいるが、中国の経済拡張期に上海と北京の2つの中心地で同時期に仕事をしたことは大きな経験になっている。ところで私はいつも聞かれることがある。「上海と北京はどう違いますか?どちらが好きですか?」

上海と北京は確かに違う。どちらも大国中国の鍵を握る大都市だが、政治、経済の位置づけや人の気質も違う。中国にあまりなじみのない方からどちらが良いかと聞かれると、私はいつもこう答える。「日本人が住みやすく、安全なのは上海でしょう。日本食も北京よりおしいし、お店などのサービスレベルも比較的高いです。生活するなら上海がいいですね」。

しかしどちらが好きですかと聞かれたら、こう答えることにしている。「しかし私は北京の方が好きです。なぜなら北京にいると”中国”をより身近に感じられるからです。北京は政治の影響が至るところにあり、反日感情もある。例えば、道路がある時突然通行止めになったり、政府の都合で飛行機の離着陸を遅らせたりもします。だから市民生活は頻繁に制約を受けます。ですから茶化して言えば、ここは我々外国人にとっては”突っ込みどころ満載”の地なのです。言い換えれば、北京に住んでいると中国という国家の全体像がおぼろげに把握できるのです。」

私は、上海時代は野村総研上海というコンサルティング会社を経営していたが、そのときに痛切に感じたことがある。それは上海にいると中央の重要な政策をキャッチすることが難しいということだ。ここで重要な政策とは政治や外交だけはなく、産業政策も含まれる。

日本の場合、業界団体例えば自動車だと自動車工業会があり、ここが当該産業に関する客観的なデータを収集し公開しているし、またデータも正確だ。だから我々のようなコンサルティング業は、データそのものを集めることよりもそれを如何に分析するかが価値の源泉になる。ところが中国は、客観的で正確なデータを集めること自体が結構大変なのだ。

中国では2002年当時でも主要産業では業界団体は存在した。しかし、そこは客観的なデータを積極的に公開するような役割を果たしておらず、例えば出荷台数や販売台数など産業の基本データですら正確なものはなかなか手に入らなかった。しかし現実に中国は主要産業ごとに振興計画や国家支援などの産業政策をつくっており、そのためのデータはあるところにはあるはずなのだ。

日本企業の多くは上海に統括会社など中国ビジネスの中心機能を置いている。確かに上海は中国経済を牽引しているし、地理的にも東京-上海-シンガポールはちょうど2時間圏で結ばれ、上海に中枢機能を置くことは理に叶っている。上海にいるビジネスマンに聞くと、こう言う。「ビジネスも生産も上海周辺が中心だからここにいれば何でも情報が入る。北京は政治の街だから、外交問題はともかく、我々のビジネスとはあまり関係ない。」

私も当初はそう思っていた。上海は生活も快適だし、表面的には情報も手に入りやすい。国家経済を語る研究者やアナリストも上海にそれなりにいる。でも2007年に北京に来て、しかも清華大学や北京の政府研究機関の方々と接触を重ねてみて私ははっきりとわかった。政治や外交のことだけではなく、産業政策などの面においても「中国のすべての重要な政策は、北京の政策頭脳が決めている」ということを。

情報公開や市場経済が機能している国であれば、おそらく国のどの地域にいても大きな情報ギャップはないだろう。むしろ顧客が多い消費地に身を置き、市場のニーズや変化を掴みながらビジネスを進めることの方が重要だ。しかしこの国は政府が個別の産業にも大いに介入する。日本も欧米にキャッチアップする段階の1960~70年代、通産省や大蔵省などが各産業を導く政策を進めて、諸外国から「日本株式会社」と揶揄された時期がある。しかしそれでも日本は民間企業が国家の産業を牽引していたので、市場原理は機能していた。

今の中国は表向きは市場経済だが、その実は政府や国有企業が市場をコントロールしている「国家資本主義」経済だ。中国の指導者たちは、科学技術の優劣が国家の命運を決めることを知っている。現在、「科学的発展観」は中国の国家スローガンでもある。中国の現政権は国家統治を盤石にするため、例え外交問題であっても経済政策、文化政策とリンクさせる。例えば中国政府は、日中間で何か外交問題が起これば、まったく関係のない日中の青年交流事業でも中止するし、レアアースの輸出制限のように産業の世界にも介入する。

中国という大国を国家戦略面から理解するために、北京は極めて重要な場所だ。中国でビジネスをする日本企業は、欧米企業に比べて北京への関心が薄い気がする。北京の政策頭脳たちの価値感を理解せずにこの国でビジネスをすることは、暗闇の中を突進しているようなものだ。次回は、中国で政策頭脳たちが政策にどう関わっているのかについて書く。

松野豊

松野豊

松野豊まつのひろし

日中産業研究院代表取締役

1955年大阪生まれ。京都大学大学院工学研究科衛生工学課程修了。株式会社野村総合研究所経営情報コンサルティング部長を経て、2002年に野村総研(上海)諮詢有限公司を設立(野村グループで中国現地法人第1…

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