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コラム 政治・経済

2009年07月03日

将来を見据える

先頃、フィンランドに取材に行った。テーマはバイオ医薬。要するにフィンランドが次の時代を担う新しい技術や研究に力を入れているという話である。

専門的なことは別として、いくつか興味深く、しかもわれわれが日本の将来を考えるにあたって参考になることを聞いた。その中で最も意外だった言葉が、次の言葉だ。

「もはやノキアの時代ではない」

フィンランドで世界的に最も有名なのはノキアである。フィンランド国内の携帯電話はほとんどノキアだし、世界的にも有名な携帯電話だ(日本の携帯電話は日本でこそ圧倒的にシェアを持っているが、海外ではまったく目立たない存在で、内弁慶もいいところだ)。それなのに、フィンランドでは「もはやノキアの時代ではない」という。

だから次のフィンランド経済を担う産業を懸命に模索している。それも産官学でコンソーシアムを組む。さすがに人口が530万人と日本の20分の1にも満たない国だけに、ある意味でまとまりがいい。もっとも人口が少ないということは「弱さ」でもある。フィンランド語は本当に「ローカルな言語」にしかすぎず、それを学ぼうとする外国人はほとんどいない。公用語はフィンランド語とスウェーデン語だけれども、多くの国民は英語も話す(実際、ヘルシンキ市内で英語が通じなくて困ったことは一度もなかった)。

英語が通じる国にするというのは、外国人が住みやすい(住みたくなるような)国にするということにもつながる。20年前にはヘルシンキ市の人口約60万人のうち外国人は1%にすぎなかった。今では約10%、そしてこれは都市としていい発展をしているという評価がされている。やがては20%ぐらいになるかもしれない。そういうように誘導するというのがヘルシンキ市の目標だ(フィンランドは日本と違って県という行政単位がないため、市が非常に大きな権限を握っている)。

もともとは移民政策はかなり厳しかったのだという。しかし高齢化が進み、放っておけば人口が減るために、移民を受け入れることによって人口を増やそうとする。その移民もできれば優秀な大学の研究者や企業の研究者を受け入れようとするのである。大学では学部でも半分ぐらいが英語での授業になり、修士以上になるとすべて英語での授業という徹底ぶりだ。

研究者や企業の研究所、開発センターなどを誘致するために、産官学のコンソーシアムで、社会のさまざまな分野におけるイノベーションを探っている。そして社会を巨大な実験場(リビング・ラボと呼んでいる)にして、そこで企業などがさまざまな実験をすることができる。とくに力を入れているのがデザインのようだ。いわゆる北欧デザインを日用品などだけではなく工業デザインにも取り入れていくというのである(ソフトはたしかに大切だが、そこで「アニメの殿堂」が発想される国との差を感じてしまった)。

それだけではない。これからの産業のクラスターを検討している中で、ヘルスケアというのもそうしたものの中に位置づけられているのにちょっと感激する。日本ではヘルスケア(医療)というと、全面的に社会のコストと位置づけられている。そのため「コストをどう抑えるか」という観点からしかみることができない。毎年の自然増分を2200億円抑えるといういわゆる骨太の方針というのがその典型だ。

しかし医療をもし高度サービス産業のひとつとして考えたらどうなるだろうか。レベルの高いサービスを提供することによって、国民の満足度は上がるし、医療現場で働く人もハッピーになる。場合によっては医療サービスを「輸出」(外国人患者を有料で受け入れる)することもできるかもしれない。

そして何よりも医療に関わる分野、とりわけ医薬品は高度に知識や技術が集積された産業であり、知的財産による立国をめざすフィンランドにはぴったりの産業だということもできる。

以前にもこのコラムで書いたように、日本の産業構造は変わらざるをえないのである。フィンランドがもはやノキアの時代ではないというのなら、日本はもはやトヨタの時代ではないと言うべきなのかもしれない。もちろんそれはトヨタは要らないという意味ではない。この21世紀の日本を支える産業は、いまはまだない新しい産業だということだ。その産業を見つけ出すには、そういった産業やそれをやろうとする人々が集まりやすく、事業や実験を行いやすい環境をつくることである。

アニメの殿堂をつくったり、オリンピックを誘致することではないと思うのだが、いかがだろうか。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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