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コラム 政治・経済

2012年12月25日

アベノミクスの盲点

自民党の安倍総裁、総選挙前は「私の発言のおかげで株価が上がった」とアベノミクスを懸命に語っていた。いわく「日銀は輪転機をどんどん回してお札を刷れ」「日銀法を改正しても政府に協力してもらう」「インフレターゲットを2%にして、無制限に金融を緩和する」。あまりに言い過ぎたと思ったのか、最近は少し自重気味だが、それでも「デフレ脱却」に向けて、財政支出の増加と金融緩和を振りかざしていることに変わりはない。

経済界は概して歓迎ムードだが、明るい話ばかりではない。たしかに経済成長とインフレが重なれば1000兆円の借金を減らすことも夢ではない。インフレは債務者にとって有利だ。見かけの収入は膨らむが、債務そのものは膨らまないからである。戦後日本が廃墟から驚異のスピードで立ち直ることができたのも、成長と共にインフレがあったおかげである。インフレ下では、企業の借金も、銀行の不良債権も「自動的に」小さくなるからだ。

果たしてそのインフレ神話は今でも通用するのか。いちばん懸念されるのは、大量の国債を保有している金融機関である。たとえば地銀。もしインフレ傾向になれば、当然、国債の利回りも上昇するだろう。それは国債の相場が下落することを意味している。もし1%利回りが上昇すれば、地銀だけでもざっと3兆円の評価損が出ると言われている。もちろん手持ちの国債は種類や償還期限もまちまちなので、これはあくまでも理論上の損失だ。それでも巨額の損失が出ることは間違いない。

そうすると何が起こるか。銀行はわれ先に債権を売ろうとし、その結果、債券相場はますます下がり、利回りはさらに上昇する。国は国債の発行金利が上がって、だんだんと資金繰りが苦しくなる。ヨーロッパではこの状態がかなり急激に生じたこともあって、ギリシャやスペイン、ポルトガルなどが苦境に陥った。日本ではそこまで行かないかもしれないが、それでも相当に苦しくなることは明白である。

国債という最も信用度の高い資産が下落した銀行は、「貸し渋り」「貸しはがし」に走らざるをえなくなる。とたんにこれまで何とかこらえていた中小企業はばたばたと倒産するだろう。一度に倒産させないために、何とか資金繰りをつけようにも、すでに金融円滑化法とか新銀行東京などで倒産を防いで来ているだけに、もう無理はきかない。そうすると今度は銀行に不良債権がたまってきて、これまた二進も三進もいかなくなり、銀行が倒産する。それを防ぐために大規模な融資を日銀が行い、何とか金融機関の再編でしのごうとする。こうなったらもうヨーロッパ危機そのものだ。

ここで重要なことは、日本という世界で第3位の経済規模をもつ国が、このような金融危機に陥った場合、何が起こるのかということである。ギリシャやスペインでもあれほど大騒ぎをした。日本はスペインやイタリアなどよりはるかに大きい。スペインよりも3倍以上、イタリアの2倍なのである。

こんなに大きな国が金融危機に陥ったら、いったい誰が助けられるのか。ヨーロッパの場合は、ユーロ圏の国が資金を出し合って、機構をつくり、IMF(国際通貨基金)が援助した。もちろんECB(欧州中央銀行)も国債を購入するなどの援助をした。

日本の場合、どうするか。IMFはもちろん支援をするだろうが、その資金力には限界がある。20世紀末の韓国への支援はできても、日本への支援は手に余る。アメリカにそんな余力はあるまい。もちろん日本が危機に陥れば、それは世界の危機を意味するから、各国とも必死で支えようとするに違いない。しかしその時には、日本政府は財政再建を厳しく迫られるだろう。増税に歳出削減、公務員の人件費カットなどなど。もちろん社会保障給付はまっさきにターゲットにされる。何と言っても、歳出で最も大きいのは社会保障費であるからだ。

こうした悪夢のシナリオが現実のものにならなければ幸いである。しかし今の日本に必要なのは、やはり地道な成長戦略だ。イノベーションによる新しい製造業、新しいサービス業、そして海外から集客する観光業。物づくりは日本の宝、などと言っていてはならないのだと思う。もちろん製造業の技術は大事にしなければならないが、そこに回帰するだけでは日本を成長させることはできない。アップル製品の部品のシェアが高いのは悪いことではないが、アップルのような企業を育てることが日本にとって大事なのだと思う。それができるかどうか、貿易赤字が「定着」してきた今、残された時間はあまり長くはない。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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