2020年02月14日

トランプ大統領によるパレスチナ和平調停案

 中東問題の核といえるパレスチナ問題。アラブ人が多数暮らしていたパレスチナの土地にユダヤ人国家であるイスラエルが第二次世界大戦後の1948年5月に建国されたことで衝突が激化。これまで4度の中東戦争が繰り返されてきました。特に聖地エルサレムの帰属を巡る問題はパレスチナにとってもイスラエルにとっても引くことは許されない宗教の核心を突いており、多数の死傷者を出す事態に陥っています。エルサレム旧市街には、イスラム教の聖地アルアクサーモスク、ユダヤ教の聖地である嘆きの壁、キリスト教の聖地聖墳墓教会が寄り沿っており、この地域は国際管理下に置くことが衝突を回避する唯一の方法として国連が和平採択をしました。

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 ただ実際は中東戦争によってエルサレムはイスラエルの実効支配下に置かれ、現在も武力によってイスラエル管理下に置かれている現状であります。70年以上もパレスチナとイスラエルは聖地エルサレムやパレスチナの帰属を巡る衝突を続けてきましたが、かつて1度大きく和平交渉が進みかけたことがありました。1993年、中東和平のロードマップの舵取りとしてイスラエルのラビン首相とパレスチナ側のアラファト議長がアメリカのクリントン大統領寄り添いのもと、オスロ合意と呼ばれる和平協定を結びました。歴史的転換期と成り得るパレスチナ情勢に希望が灯る中、パレスチナ和平を認めないイスラエルの過激派の青年がラビン首相を暗殺。パレスチナ和平は棚上げとなりました。世界史のうねりと長期にわたる宗教戦争の犠牲の地といえるパレスチナ問題は、繰り返された中東戦争だけでなく、各地域に過激派組織を生み出し、あのイスラム国もエルサレム奪還を掲げたテロ攻撃を繰り返しています。パレスチナとイスラエルの平和的二国家共存の道を模索し続けてきた歴史こそが中東問題の核と言えます。

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 こうした背景が絡み合っている中、今年に入り突然アメリカのトランプ大統領がパレスチナ和平調停案を自らの口で発表しました。その内容は聖地エルサレムのほとんどをイスラエル領とすることやパレスチナの土地へのこれまでのユダヤ人入植を公認すること、パレスチナ側の武装解除などこれまでのパレスチナ側の要求を無視したイスラエル寄りの主張となっていました。11月に控えるアメリカ大統領選挙でユダヤ資本やキリスト教福音派などアメリカ経済を支える支持者を意識した声明であることは明確であります。パレスチナ問題とは歴史を踏まえた世界規模での理解と支援が必要な場所であると痛感しています。

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