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コラム 人権・福祉

2008年07月01日

忘れていた手紙

パソコンの周辺を片づけていると、ラベルに何も書いていないCD-RWがあった。ほこりにまみれたそのCDには、まったく覚えがなかった。とりあえずパソコンに入れてみると、1通の手紙が記録されていた。
今回はその手紙のことを紹介したいと思う。

 忘れていたその手紙は、ちょうど一年前に友人へ宛てたものだった。当時、彼女は妊娠9ヵ月。
長男はぼくと同じ障害だったものの残念ながら4歳で亡くなり、それから数年の歳月が経っていた。わが家も同じく長男であるケンジを亡くし、彼女とはある意味、同じ悲しみを持っていた。

「高森絵美子(仮名)さまへ。
暑中お見舞い申し上げます。メールの返信が遅くなって、すみません。かんたんにケータイでメール出来ない気がして、お手紙にします。まずはお腹の赤ちゃんが順調とのこと、よかったですね。
きっと、すうちゃんが(うちのケンジと一緒になって)天国からママを応援しているから安心していいんじゃないですか。いろんな心配は忘れて、あと半月は気楽に過ごすことが胎教とかに、いいんでしょ?
高森さんの言うとおり、こんな時代(世の中だから)に子どもがどうなるのか心配で、というのは確かにそうですよね。でも最近、新聞の『名字の言』というコラム欄で、この世の中も捨てたもんじゃないと思える記事がありましたよ。

『込んだ電車での小さな出来事。座っている女子高校生の前に、
老紳士が立った。彼女は「どうぞ」と声をかけ、立ち上がった。
男性は、快く席に着き、目の前の重そうな荷物を見て、「持ってあげようか」と。
少女は「ありがとうございます」と、
これまた素直に鞄を預けた。お互いが気持ちよく親切を交わし合うほほ笑ましい光景。
そばで見ていた婦人が、「こちらまで心が温かくなった」と語っていた。
文豪のロマン・ロランは、楽聖ベートーベンのこんな言葉を残している。
「親切であるということ以外に、立派な人間であることの証拠はありません」(新庄嘉章訳)。
親切心や思いやりの心こそ、人間性の発露である』

  近ごろ、なぜなのか人間の心が乱れてしまい、報道されるニュースは暗いものばかりですが、このコラムに紹介されているような出来事は、ニュースでは報道されないから、おかしな国ですよね。
でも、ぼくは信じています。うちの次男の耕太郎や、高森さんのお腹のベビーたちは、この国を住み心地がよく心優しい人びとの多い国にしてくれると。
二人は、えらい人になんかならなくても、ごく普通に生きて思いやりのある人間に育ってくれるに決まっています。 出産が、どんなに大変なのかは、ぼくには分かりません。けれど、その先に大きな喜びと幸せが待っているのだど思います。どうか、あと半月はなるべく楽しいことを考えて、お過ごしくださいませ。 安産を祈念しつつ、中村勝雄でした」  

 その後、高森さんから安産だったというメールが届いた。かわいい赤ちゃんの写真が添付されていた。今月の11日で1歳の誕生日だ。何かプレゼントを考えよう。
一年前に書いた自分の手紙を読むのは不思議な感じがしたが、この国の有様(ありさま)は益々ひどくなっている気がする。

 ニュースで取り上げられている悲惨な事件の一方で、心優しく思いやりを感じる出来事がたくさんある。ニュースに取り上げられないものを思い返してみたら、また一つ違う明日があるかも知れない。もう一度「心こそ大切なれ」という言葉を胸に、ぼくは生きていたいと思う。

中村勝雄

中村勝雄

中村勝雄なかむらかつお

小学館ノンフィクション大賞・優秀賞 作家

現在、作家として純文学やノンフィクション・異色のバリアフリー論を新聞・雑誌などに発表。重度の脳性マヒ、障害者手帳1級。 <小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞のことばより> 車イスのうえに食事…

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