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コラム 人権・福祉

2003年10月05日

リハビリ開始

目まいです。激しい目まいと吐き気。そうです。起立性低血圧です。血液が脳に戻らないのです。「うわぉぉぉぉ」 蝉が鳴いています。目の前には星が出ています。実際には、6月ですので蝉もいなければ、部屋の中で星が見えるはずもありません。気絶寸前の状態なのです。「くっくっ苦しい・・・」 そういい残すと私は気絶をしてしまいました。

どのくらい時間が経ったのでしょう。目を開けると、看護婦がベッドの背もたれを下げています。「どう?大丈夫」慣れた様子で意識を失った私に訊きます。「ちょっと休もうか。他の部屋に配膳してくるね。」ベッドを水平にし、そう言い残すと次の部屋へ移ります。慣れたものです。しばらくして、看護婦が戻って来てくれました。「さぁ、もう一度ね」そう言うと「カシャカシャ」と背もたれを上げていきます。「大丈夫?深呼吸して!」私の様子を見ながら背もたれを上げていきます。「カシャカシャ・・・」「大丈夫そうね」そう言うとテキパキと食事の用意をしてくれました。「これだっけ?」看護婦はそういうとOTが作ってくれた自助具を手にとりました。それを私の右手に取り付け、身体の両サイドに枕を置き、首からは涎掛けのようにタオルを襟元に巻き込み胸の前に垂れ下げます。まるで、赤ん坊のようです。私は腹筋も背筋も麻痺している為、背もたれがないと座位を保つことが出来ません。左右にも倒れてしまいます。なので、私を挟み両サイドに枕を置いて固定するのです。食べ物を運ぶ手も自由に動きません。自助具の先にはスプーンが付いています。先が丸いものでないと何処に動くか分からないからです。私はひとつひとつ口元に運びます。しかし、麻痺した手は口元にいかず胸元までしか動きません。筋力が落ちた私にとって、手は重たいものでした。それもそのはずです。筋肉質の身体は体重が落ちるのも速く、64キログラムあった体重が48キログラムになってしまったのですから。怪我をする前は、お腹はチョコレートのように段になっており、胸も動かせるくらいの筋肉質の身体でした。なので、筋肉が落ちた後は「骨川筋之門」となってしまいます。筋肉というのは不思議なもので、使わないとあっという間に落ちてしまうのですね。私の場合は、受傷後三日位から見る見るうちに目に見えて筋肉が落ちていきました。

私は必死に食事の練習をします。そうです。リハビリの開始です。指が動かないのでお皿を持つことが出来ません。なので、トレイに並べてあるお皿に必死に手を伸ばし、スプーンで掬ってはそっと口元に運びます。手は自由に動かせず、ゆらゆらと間々ならず、途中でポロっと胸やお腹に落ちます。固形のものはまだ良いのですが、液状の物は胸元がベチョベチョになってしまいます。そして、腹筋も背筋も麻痺しているためいつの間にか身体が左右に倒れていってしまいます。背もたれ、枕で固定しているにもかかわらず、倒れていきます。(たっ倒れるぅ~)私はとっさに叫びました。「かっ!看護婦さ~ん!たっ!倒れるぅ!」看護婦は慌てて私に走りより身体を直してくれます。「ヨイショっ どぅ?大丈夫!?」看護婦が尋ねます。「あっありがとう!ベッドから落ちると思ったよ。」私は答えました。怖いんですよ。意識があるまま倒れて行くのは。ベッドの高さから床へとゆっくりと倒れていくんです。手も自由に動かないので受身が取れず段々と床が近づいて来るのです。ゆっくりと倒れていく時はまだましで、倒れていく速度が速いとあっという間に床やベッドに激突です。

次は味噌汁です。手で持つことが出来ないので、ストローを二本つなぎ合わせて吸うのです。長い一本のストローです。しかし、簡単につないだ継ぎ目からは空気が漏れ、「スースー」と音がし、吸いづらいものです。味噌汁やお茶をストローで吸うのはなんとも味気ないもので、おいしいとは思えません。また、味噌汁を吸っていると、すぐに具が詰まってしまうのです。その場合は吹き返すしかありません。小さい時、飲みかけのジュースでやりましたよね。「ブクッブクッ」って。あれです。豆腐の場合はストローを挿しこみ「チュルッ」って吸うんです。小さく刻まれた豆腐は「ジュルッじゅるっ」って吸えるんです。味気ないのですが、結構おもしろいですよ。でも、何度も言いますがおいしさは感じません。不思議なものです。

次の日になり、本格的なリハビリの開始です。朝食も昨日の様に涎掛けをし、必死に食べる訓練です。自力で食べられるようになる為です。そして、朝食が終わると、ナースの申し送りを待ち、しばらくして治療の時間です。頚椎(首)を損傷したものは、便意や尿意を感じません。我慢すら出来ず垂れ流し状態です。知らぬ間に便や尿まみれになってしまっている事など日常茶飯事です。いつも、便や尿の失禁の悩みに付きまとわれています。車椅子生活ってそんな感じなんです。でも、それでは生活が成り立ちません。便、排尿のコントロールの訓練するのです。便の場合は、2~3日の感覚で定期的に排便をします。尿の場合は膀胱部を手圧し排尿します。その後、残尿の無いようにペニスに管を入れ排尿です。導尿といいます。私は自分では導尿は出来ません。なので、最終的には手圧だけで残尿を少なくせねばなりません。それも、自律への道です。排尿の自律です。そして、それが終わると排便の時間です。

ベッドの背もたれは既に水平下げられています。「じゃあ、濱宮くん、おトイレね。」そういうと、身体を横向きにされ、肛門周辺にビニール袋を張られます。横向きに寝て排便をするので、周囲に便が流れないようにしているのです。「じゃあ、入れるわねぇ」看護婦が私に声をかけます。全く感覚が無いので何のことか分かりません。どうやら、肛門に座薬を入れるようです。「はい、入ったわよぉ」そういうと、ビニール袋を粘着紙テープで固定して、毛布をかけて、次の部屋へと移っていきます。座薬が溶けるのが20分程度かかるようです。看護婦達はその時間に他の仕事を終えるようです。

部屋は6人部屋です。その中で2~3人排便日が重なる時があります。15分を過ぎる頃になると、どこからともなく、ほんわかと臭いがして来ます。そして、20分を経過した頃に看護婦が来ます。「出たぁ~?」そういうと、毛布を捲り上げ、ビニール袋の中を確認します。「出てるね。じゃあ穿るね。」そう言うと共に手にゴム手袋をつけ、人差し指に油を付け私の肛門に指を入れ始めたのです・・・。

つづく

濱宮郷詞

濱宮郷詞

濱宮郷詞はまみやさとし

コラムニスト

「何故、自分だけが、寝たきりに・・・」 毎日、死ぬ事ばかり考えていた。 そんな時、あなたと出逢い、あなたがそばに来てくれた時、生きる事に決めたんだ。 あなたが与えてくれた命。目の前には「無限の可能…

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