2009年03月13日

弱い人が、強い人

コラムもとうとう最終回です。
何をご紹介しようかと考えましたが、勇気を出して私自身の例を挙げさせていただきます。

ずっと以前の私は、驚くほど精神的に弱い人間でした。それは、今振り返るとそう気づいたのであって、その時点では自分は強い人間だと思い込んでいました。しかしそれは裏打ちされた本物の強さではありません。ずっと以前の私は、自分の弱さを感じる危険性があるようなチャレンジなどせずに過ごしていましたから、心を鍛えるプロセスなどほとんど未体験のまま社会人となりました。

この数年の「チャレンジ好き」な私しかご存じない方には、信じられないでしょうが(笑)。チャレンジがないから失敗もない。失敗がないから傷つかない。失敗しなくて済むような領域のことは率先してやり、自分の範疇だから安心して成果が出せる。出来て当たり前のことができているだけなのに、「私はできる」という自尊心だけは立派に育ちました。

しかし、結局ある程度大人に成長したときにはただの「逃げ上手」になっていただけでした。自分を誉めてくれる人しか受け入れませんし、人と向き合うなんて、よほど仲の良い人としかできませんでした。同時に、失敗や挫折を克服した経験がないから、強いと言い切れる信頼など、自分にもてるはずなどないのです。

このように私の心は傷つくことも少なく、鍛えるチャンスも自分に与えないまま大人になりました。

このパーソナリティ形成のプロセスは、現在、管理職の方が頭を悩ませている「ゆとり世代社員」たちとよく似ています。今までの新入社員は挫折体験や傷つき体験があり、それを自分なりに克服してある程度の免疫がついた状態で社会に出るのですが、ゆとり世代と言われる新入社員は免疫がない状態で就職します。もちろん、そうでない人たちもたくさんいますが、社会人になってから初めて、挫折や傷つき体験をする人たちも多いと言えるでしょう。上司や先輩、お客様との関係などで克服してタフさが養われていけばいいのですが、乗り越えられず会社を辞めてしまったり、メンタルヘルス不全に陥ってしまう人もいます。

私はけして、今もなお強い人間ではありません。しかし、過去の自分と比べると、相当、精神的に強くはなりました。過去に経験した「逃げ体験」と似た出来事への反応の仕方が明らかに違ったと実感できたとき、私は自分自身が強くなったことを確信します。過去を振り返った時、穴があったら入りたいくらいに情けない反応や態度をとってしまったときと比べると、今の自分はそれよりも随分気に入ることができているのです。

"登山家や格闘家は、自分がいかに弱い人間かを受け入れている。自分の弱さを知っているから強くなれる"

誰かからこの言葉を聞いた時、衝撃を受けました。私は自分が弱い人間だなんて微塵も思っていませんでした。最も認めたくないのは自分の弱さでしたから。自分の弱さに吐き気がするほど、自分が弱い人間だということを受け入れられた瞬間から、私は強くなり始めました。今も「心の筋トレ」継続中です。

メンタルヘルス・タフネスの研修や講演を通じて、自分の弱さが受け入れられずに苦しんでいる人を大勢見てきました。強がりも時には必要ですが、弱さをさらけ出せる強さもあるのではないかと思うのです。自分自身に正直な人が最強な人だと、この仕事を通じて痛感しています。

コラムを楽しみにしてくださっていたみなさん、ありがとうございました。
心からの感謝を送ります。