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コラム 政治・経済

2015年11月10日

外から見る目

 10月中旬、スウェーデンとバルト3国の一つ、エストニアに行った。国民IDや医療制度について視察するためだ。ちょうどマイナンバーが導入されるとあって、甘利大臣もエストニアを訪れていた時期である。

 世界で最も先進的な国民ID制度を導入しているエストニアではさまざまな国民サービスがひとつのナンバーを元に提供されている。たとえば運転免許証といったカードはなく、その自分のIDで警察は免許が有効かどうかを確認できる。すなわち免許証不携帯という法律違反はなくなるわけだ。その他にもビジネスを始めるためのさまざまな登記もIDで行えるし、もちろん医療もIDで受けられる。

 エストニアという人口わずか130万人の国がなぜこうまでIT技術を応用して、政府サービスを充実させようとしているのか。その背景には歴史がある。エストニアは2回の独立を経験している。ひとつは1918年、ロシアの革命を契機にロシアから独立した。もう一つは第二次大戦中からソ連に併合されていたが、1991年、ソ連邦の崩壊と共に再度独立を果たした。そして2004年にはEU(欧州連合)と軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)に加盟している。

 エストニアがNATOに加盟したのは、もちろんロシアに対抗するためだ。集団的自衛権である。そのためにアフガニスタンやイラクにも出兵した。そのあたりは日本とはずいぶん感覚が違う。自分たちを守ってもらうためには軍事同盟の一員として義務を果たさなければならないと考えている。エストニアの陸軍は3300人ほど。陸海空すべて合わせても3800人しかいない。とはいえ、人口130万のエストニアに比べると日本の人口はほぼ100倍。3300人を100倍すれば33万人だから、日本の陸上自衛隊よりもはるかに多い。ちなみに陸自は14万人弱、陸海空すべて合わせても、23万人弱だ。

 エストニアがロシアから国を守れるかと言えば、それは不可能だ。本気でロシアが侵入すればひとたまりもない。そこで全国民のデータは世界に分散してバックアップする。Data Embassyと呼ばれるこのシステムでは、クラウドのほか、東京、シドニー、ベルリン、ロンドン、ケープタウン、オタワ、ニューヨーク、サンパウロと全世界にデータを置く。たとえエストニアのデータがすべて破壊されても世界のどこかにエストニア国民のデータが残っているということだ。

 あの東日本大震災のとき、津波に襲われた岩手の大槌町では、住民の基礎データが失われて困った。とくに土地台帳が流されてしまったために、権利関係を確定するのに時間がかかったという。航空自衛隊の小松基地ではやはり書類が失われたため、次の災害に備えて書類を物理的に避難させるという訓練が行われていた。

 簡単に言ってしまえば、この違いはリスクマネジメントの違いということになるだろうが、どうもその前に危機感という違いがあるように見える。エストニアの歴史を見れば、明らかだろう。とにかく1991年に再独立するまでエストニアはほとんどの期間、ヨーロッパの強国やロシアなどの一部だった。第二次大戦で敗戦した後の一時を除けば、外国に占領されたことがない日本とは違う。集団的自衛権で自国を守る以外にない国にとって、たとえ犠牲を出してもイラクやアフガンに出兵するという覚悟は当然のことだということだ。

 そしてロシアとの関係で言えば、2007年には大規模なサイバー攻撃をロシアから受けたという経験ももつ。そのためにいまやエストニアはサイバー攻撃に強いシステムをつくりあげ、なおかつサイバー防衛のために世界の軍隊を訓練してもいる。

 われわれ日本人は実はこうした危機感に欠けているのだと思う。戦後、米ソ対立のはざまである意味、ぬくぬくと戦後復興の恩恵を受け、高度成長という「奇跡」を達成してきた。もちろん当時の日本人が懸命に働いてきたのは間違いないが、それと同時に、まさにアメリカの核の傘の下で、雨にもあたらず経済活動にいそしんできた。

 しかし情勢は変わっている。日本の経済的な力は相対的に減衰し、代わりに中国という隣の大国が力をつけている。アメリカの力も相対的に弱まっていることは間違いない。軍事力という意味でも同じだ。中国という核武装した強国が、遠洋に乗り出す力を着々とつけている。対するアメリカは、アジアに軸足を移すと言いながら、実際には中国を抑え込むだけの力は失われている。南シナ海での中国の行動を見れば、それは明らかだ。

 そうしたバランスの変化を、日本人であるわれわれはどこまで意識して物事を考えているだろうか。この夏の安保法制にしても「戦争法案」というレッテル貼りのおかげで、安全保障そのものをどう考えるのかという実質的な議論は少なかった。具体的なケースをどう考えるかよりも、現状をどう認識して、戦略的にどう考えるかが最も重要だったはずである。世界のほとんどの国で、安全保障は党派を超えた議論をしなければならないと考えられている。政権党が変わったからと言って安全保障政策が180度転換するなどということはあってはならない(実際、社会党が首相を出したとき、村山富市首相は自衛隊を合憲だと認めたことにも現れているだろう)。

 日本がもう少し外の世界に目を開いて、安全保障のみならず、日本という国の存立についても正しい危機感を持つことが必要だ。世界遺産であるエストニアの首都タリンを見ながら、そんなことを考えた。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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