和歌山県立南部高校卒業。幼少期の憧れは原辰徳氏(読売ジャイアンツ所属)。1996年のドラフト会議では、阪神タイガースより3位指名を受ける。プロ入り直後より、将来の4番候補として期待を集める。2001年に頭角を現すと、翌年は「3割・18本塁打・51打点」を記録するなど、主力打者に成長した。開幕から4番に座った2003年は打点を量産し、チームの快進撃に大きく貢献する。ところが、右肩の怪我によりシーズン途中で戦線を離脱。復帰が同年の日本シリーズにまでずれ込むと、2004~2005年も怪我や手術の影響により出場機会を減らした。しかし、2006年は5番打者として完全復活。「3割・20本塁打・75打点」をマークする。怪我から何度も復活するその姿から、ファンはいつしか彼を「不死鳥」と呼ぶようになった。その後は、オリックス・バファローズ、ヤクルトスワローズと球団を渡り歩き、2011年オフに引退を発表する。現在はプロ野球解説者やコメンテーターとして活躍する傍ら、トークショーも開催している。テーマは挑戦や夢など。不死鳥と呼ばれた濱中氏。彼の努力のエピソードは必聴。
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経歴
- 1996年
- 阪神タイガースよりドラフト3位で指名を受ける
- 1997年
- 1軍デビュー、プロ初安打を放つ
- 2001年
- プロ初本塁打を含む13本塁打・53打点を記録、規定打席に到達
- 2002年
- 主軸として活躍、3割・18本塁打・51打点を記録
- 2003年
- 開幕から4番打者を務めるシーズン序盤にして11本塁打・48打点に到達するも、右肩の怪我で戦線を離脱日本シリーズ(対福岡ダイエーホークス)で指名打者として復活
- 2004年
- 再度、右肩を故障する
- 2005年
- 指名打者や代打として活躍
- 2006年
- 主に5番ライトでスタメン出場、3~4月の月間MVPを獲得シーズン成績はキャリアハイを記録(3割・20本塁打・75打点)
- 2008年
- オリックス・バファローズへ移籍慈善活動開始(交通遺児向け:各ヒット毎に交通安全紙芝居を寄付)
- 2011年
- ヤクルトスワローズに移籍、この年のオフに引退
- 2012年
- 朝日放送「おはよう朝日です」の金曜スポーツコメンテーターに就任Ring of Red交野市チャリティマラソン チャリティランナーとして参加
- 2013年
- 朝日放送「おはよう朝日です」の火曜、金曜スポーツコメンテーターに就任Ring of Red交野市チャリティマラソン チャリティランナーとして参加FM大阪「サタ☆スポ」に隔週レギュラー出演
主な講演テーマ
「挑戦、夢、モチベーション、野球をテーマとしたトークショー」
「挑戦、夢、モチベーション、野球をテーマとしたトークショー」
※MCとのトークショー形式になります。※野球教室も可能です。詳細は弊社スタッフまでお問い合わせ下さい。
主な実績
講演実績
【タイトル・表彰】
1999年 ファーム日本選手権MVP
2002年 優秀JCB・MEP賞(セ・リーグ各球団から年間で最も印象に残ったプレイヤーを選出する賞)
2006年3~4月 月間MVP
【テレビ・ラジオ】
<テレビ>
朝日放送 「おはよう朝日です」
スカイ・A 「猛虎キャンプリポート2012」
サンテレビ 「熱血!タイガース党」
<ラジオ>
FM大阪 「サタ☆スポ」隔週レギュラー出演
その他ゲスト解説など多数出演。
【イベント】
交野市 平成23年度 第3回生涯学習大学アスリートセミナー
阪神競馬場 阪神大賞典GⅡ
堺市 憲法週間啓発キャンペーン(キャンペーン隊長)
東日本大震災復興支援 「NPBベースボールフェスタ in 福島」
サントリードリームチーム サントリードリームマッチ2012 in 東北
わかやまスポーツ伝承館 スポーツフェスタ2013
群馬NPO協議会 「県民フォーラム」講演会
講演料金目安
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