2009年09月01日

逆転という奇跡を起こせる時

 今年は長い梅雨が明けたと思ったら、夏を通り越してもう秋の気配ですね。このコラムを書いている今も鈴虫の羽の音が聞こえています。そんな今日この頃ではございますが、せっかく四季のある日本ですから、夏とされている時期を今年も過ごしてみて、皆さんは何を思い、何をお感じになったでしょうか。私はこの夏、こんなことを考えていました。

 夏の風物詩の一つとして筆頭に挙げられるのが「甲子園」。何気なくつけていたテレビ画面に甲子園のダイジェスト番組が映っていたのですが、真っ黒に日焼けした甲子園球児が白球を追いかけ、汗まみれ、泥まみれになり、泣いたり笑ったり、1試合1試合にそれぞれのドラマがあり私は胸を打たれたわけです。

甲子園で起こる特に印象的なドラマと言えば、"大量点差からの逆転勝利"ではないでしょうか。奇跡とも言えるようなことが起きるので、私達は知らず知らずにその姿を日常の自分に置き換え「諦めず、頑張れば報われるんだ!」と勇気をもらうのです。熱狂的なファンがいらっしゃるのも頷けます。

この場面を目の当たりにした私はふと考えました。「こんな大量点差で負けていながらも逆転し勝ちを引き寄せる時、まさに選手は何を考えているのだろう?」と。
 
 自分自身も長くスポーツをやっていたので、こういった状況に置かれたときに気持ちをどのように切り替えたか、記憶を辿ってみました。野球と採点競技であるシンクロはその競技特性があまりにも違うので、ぴったり同じようなシチュエーションが思い描けなかったのですが、共通していることがあります。

 まずは、ありとあらゆる場面を想定した徹底的な練習が必要ですが、その起爆剤としてはムードメーカーがチーム内に一人はいることではないでしょうか。誰か1人だけでもいいから、試合を諦めていない強い意志や態度が見えていると、メンバー内の誰かがそれに気づき、それが伝わり「何をやってるんだ俺は!あいつが諦めていない。まだ終わってないじゃないか!」という具合に、次々に落ちていた気持が引きあがってくるという現象が起こると思います。

例を挙げるとすると、現在メジャーリーガーの松坂大輔選手が横浜高校3年生の時の甲子園準決勝。連日の激闘のため、松坂選手を温存する形でゲームをスタートしましたが、得点差が徐々に開き、もう逆転のしようがないと思われた終盤に松坂選手が交代で登場しました。1球目から150キロに近い球速の球を投げ込み、スタンドからもどよめきが起こっていました。

きっと松坂選手はベンチで応援をしながら、踏ん張っているチームメイトの姿を見て「俺の役割は相手を三振に打ち取ること。任せてくれ!」と凄まじい集中力を持っての登板だったのでしょう。そしてグランドに立っているチームメイトは、松坂選手の気迫を見て「そうだ、俺たちには松坂がいた。松坂が諦めていない。まだいける。次の回、俺は打って貢献する。」と思ったに違いないと思います。

相手チームは得点差があるのにも関わらず、ガラっと雰囲気が変わった横浜高校を目の当たりにして、きっと嫌な予感を抱いたことでしょう。そして見事、横浜高校は逆転勝利を収めました。何を隠そう、この試合。私は現地甲子園のスタンドで観戦をさせて頂いておりました。

 シンクロ競技では大量点差からの逆転という現象はほとんど起こることはありませんが、唯一奇跡的なことが起こったことがあります。

絶対的な王者と言われたロシアに、チームテクニカルの得点が上回ったことがありました。このときどんな心境で試合に臨んだかと言いますと、演技構成も曲も両方が勢いのあるもので、私達は全員とても気に入っていました。それをとにかく最大限表現したいということだけをただひたすら一心に思っていて、勝ちたいとか、失敗したらどうしようとか、そんなものは一切頭の中にありませんでした。

チームメンバーの中には極度に緊張している者もいましたが、負けを意識するよりもこの瞬間に全身全霊で立ち向かうという気持ちが徐々に浸透していき、プールサイドに登場する直前には、全員が自分と同じ思いでいることは言葉を交わさなくてもわかっていたような気がします。そして、試合のパフォーマンスは荒削りに見えた点もあったかと思いますが、それを凌駕する気迫こもった演技になりました。

 繰り返すようですが、おそらく勝てるときというのは、あまりいっぱい色んなことは考えていないのではないでしょうか。集中力が研ぎ澄まされてくると、負けている現実とかはあまり大したことではなくなってきて、ただ目の前にある向かうべきものに全てを懸けることがワクワク、ゾクゾク、なぜか楽しんでいる自分に気がついたりします。そして、ふたを開ければびっくりの結果が待っているのです。

その代わり、やはりそこに至るまでに絶対条件として必要なことは、「あれもやっておけばよかった、これもやっておけばよかった。」と、課題を克服できずに勝負に臨むこと。完全に克服して臨むことはとても難しいことですが、大前提として、この克服度の差が最も勝敗の鍵を握るものです。

 甲子園を見てこんな考えに至った訳ですが、結局、この夏の私の結論としては、「人間が一番強くなれるときは、全ての意識が向かうべきところに集中したとき」ということです。また、その現象を起こせるのは、日々の活動に課題を残さず、最低限やるべきことをやってきた人。「しんどい生き方だな。」と思われる方がいるかもしれませんが、いえ。これはとても楽しい生き方だと私は思います。

今日はスポーツの世界のお話をしましたが、日常生活においても「真に頑張った人が報われる」という社会になるといいですよね。そうでなければ、「やっても一緒」と誰も頑張らなくなりますもんね。最も必要な心の持ち様だと思います。奇跡的なこと、自分の身の回りでも是非起こしてみましょう!