2012年06月29日

2774gの我が子に伝えたいこと

 去る6月4日、第一子となる2774gの元気な男の赤ちゃんを出産しました。とにかくがむしゃらに走ってきたこれまでの自分を振り返ると、まさかこのようなご報告をさせて頂けるなんて思いもよらないことであり、今のこの瞬間があることに対して、改めて私という人間に関わり支えて下さっている多くの皆さんの存在の大きさを痛感し、感謝しなくてはと心から思う今日です。

 人の親になるということ。その責任の重さたるやとてつもないスケールであるという事実を認識させられます。出産してまださほど日が経っていないにも関わらず、我が子に母乳を飲ませたり、おむつを替えたり、お風呂に入れたりなどのお世話をしていると、これが母性というものなのでしょうか、本当に「私、しっかりしなくちゃ。この子を守ってあげなくちゃ。悲しい思いや痛い思いなんてさせたくない。」とその想いがどんどん強くなります。

ニュースを観ていても感じ方が変わってきました。例えば先日の痛ましい事件です。3歳の坊やが誤って用水路に落ちてしまい、その小さな命を失ってしまったのです。その坊やの母親が必死で探していたと報道されていましたが、その気持ちを思っただけで思わず涙が出ました。以前ももちろんそのような事件を見聞きしたときにはいろんな感情になりましたけども、それがもっと激しく揺さぶられる感じです。そういえば、先月、先々月と立て続けに大きな交通事故の事件や無差別殺人の事件がありましたが、言葉に語弊があったらすいません、命を軽んじる発言や行動を取った被疑者に対する怒りの感情が自分でも驚くほど大きくなっています。

今から私が頭でっかちに、「ああしなくては」「こうしなくては」と神経質になって予防線を張りすぎると、子供ものびのびできず、臆病で挑戦心のない性格になってしまったりするのかなとも思うので、サポートする範囲と手助けしたいところを我慢して見守る、その見極めやバランスが重要になってくるのだと思います。

私が子供に伝えたいのは、困難に向き合ったときに、それを乗り越えるまで決して諦めず、自分の頭を使って考え抜いて道を選ぶような、道なき道なら自ら切り開いていけるような、そんなたくましい心のことです。道も自分で探して見つけたルートはずっと覚えていますが、カーナビに頼って行った道は何度同じところを通っても覚えられないのとよく似ていると思います。

私が自分の親に感謝しているのは、行き詰ったときや子供の知恵だけではその困難をうまく乗り切れないような状況になったとき、それを密かにしかもすかさず把握し、自分で行動を取れるようにヒントを与えてくれたり、自分で考える余地を促したり、また取ろうと決めた行動に自信が持てなかったら自信を持てるまで練習に付き合ってくれたり、そういうサポートをしてくれたことです。これは一生忘れません。何度も救われましたし、何度も立ち直れました。私もどこまで我が子に実践できるか未知数ですが、親から注いでもらったこの無償の愛情を受け継いでいきたいと思っています。

そして、仲間や友達を多く持ってほしいということも願いです。生きていく中で人との繋がりは宝物です。これについても私自身が痛感することでもありました。主人も同じく、友を大事にする人であってほしいという想いがあり、人と人、地域と地域、想いと想いを結ぶ大きな仕事ができる人間になってもらいたいという願いを込めて、『結大(ゆうだい)』という名前を考えたようです。

最後に自分に対して。選手時代や学生時代の仲間、親しくさせて頂いている知人、諸先輩方から、出産時の経験談を(感動秘話や失敗談等含めて)色々聞かせて頂きましたが、どんなに詳細な情報を得ていても、実際の出産の痛みや初めて我が子と対面したときの震えるような感動は全てにおいて想像を超えるものでした。子育ては一筋縄ではいかないことは重々承知しており、時に感情的になったり、辛くあたり過ぎたりということも、悩みだって迷いだって出てくると思いますが、この命と出会えたときの感動を忘れることなく接していきたいと思っています。