2005年11月01日

コミュニケーション(3)チームワーク

対人関係をスムーズに進めていくためのツールとして「コミュニケーション」は重要な役割を果たしているということを、私自身の競技生活における経験談を素に、前々回は「上下関係」、そして前回は「対人折衝」というシチュエーション別にしてお話させて頂いてきました。

今回はこの「コミュニケーション」シリーズ最後になる「チームワーク」について。切り口として、アトランタ、シドニー、アテネの3度のシンクロ・オリンピックチームメンバーとして活動した経験から、それぞれの大会におけるチームワークの高め方を紹介していくことから始めてみましょう。

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■アトランタオリンピック
私が、初めてオリンピック出場の機会が与えられたのが、1996年のアトランタオリンピックになります。

チームメンバーの構成は...(※誕生日を迎えたとしての年齢)
25歳:1人、23歳:2人、22歳:4人、21歳:1人、20歳:1人、19歳:1人 計10名

この内、前年度までにナショナルA代表(=日本代表選手選考会順位の上位9名ないし10名の者)経験がある者が8名。2名がB代表、及びジュニア代表経験者。オリンピックには全員が初出場になる。

1996年当時、私は20歳になる年で、チームの中では2番目に若い年齢。海外遠征の経験としては、3年間のジュニアエイジの遠征に参加した後、18歳になる年にナショナルA代表として選抜され、アトランタではA代表3年目を迎えるというポジションでした。自分のポジションを、チームの構成要員と照らし合わせて客観的に言うとするならば、ぺーぺーのカテゴリーの中の、経験だけ有り。といったところでしょうか。

監督のみがオリンピックを経験し、その恐さを理解し、本番を迎えるまでにしなければいけないことを知っていました。私達は上記にも述べたように、全員がオリンピック未経験者。「魔物が棲む」と言われるオリンピックの恐さは、想像しても本当の意味を知るには限界がありました。

この、「監督」と「選手」間の意識の差は、代表合宿を積んでいく毎にさらに開きを生じていき、メンバー同士の会話の中にはかなりネガティブなコメントが漏れてくるようになりました。もちろん私も含めてです。

練習は、ただ時間を過ごすだけ。工夫がなく、イメージもなく、覇気もない。どん底の雰囲気です。年上の先輩方はなんとかチームを引っ張ろうとして下さっていましたが、メンバーの半分以上が気力を失っていると、その声は響きません。そして先輩方も自信をなくし、口を閉ざしていきました。

今思うと、コミュニケーションは一切なされていない状態だったと思います。唯一の救いは、「メダルを獲りたい」という思いが全員に共通していたこと。このままでは獲れないことも、全員がわかっていたことでした。そして、どこからともなく、それこそ年齢や経験に関係なく、「ここまで何百時間、何千時間練習してきて、本番で力を出せずに終わるのは悔しすぎる」という言葉が聞こえるようになりました。

極限になって出てきたコミュニケーション。

これがメンバー全員の合い言葉になって、なんとか、ぎりぎり、間に合いました...。監督の思惑にはまった瞬間です。監督も、10人全員が初出場のオリンピックチームの指導者として、志気が上がらないことに相当悩まれていたようです。選手が自信をなくしていっていることも気づいていました。だからこその練習量。1日10時間を超える練習で、「人間には限界はない」「人間って自分が思うより強い」と気づいてもらいたかったのだと思います。

アトランタオリンピックにおけるチームワークは、指導者の導きによる、精神的、肉体的極限状態を経験することで、選手間に自然発生した統一見解で高めることができたと言えるのではないでしょうか。


■シドニーオリンピック
次にシドニーオリンピックです。アトランタから4年目を迎えました。この歳月の中で、もちろん物理的にも、身体的にも、精神的にも変化がありました。あって当然。なければ絶望です(笑)。

チームメンバーの構成は...(※誕生日を迎えたとしての年齢)
26歳:3人、25歳:1人、24歳:1人、22歳:1人、21歳:3人 計9名

この内、アトランタ経験者が4人。アトランタ以降でナショナルA代表経験者が4名(選抜回数の差は有り)。B代表経験者が1人。

私のポジションとしては、オリンピック経験者であり、年齢はちょうど中頃の24歳。中堅としてチームを引っ張っていく立場にありました。が、それは表立ってではなく、上の年齢の選手と下の年齢の選手間における見解の相互理解を図る橋渡し的な役回りでした。

アトランタよりも、チームが組織として機能していたと思います。私を含める4人のオリンピック経験者は、アトランタ以降どのような思いを抱いていたかと言いますと、「自分で"泳いだ"と感じ、その結果としてのメダルが欲しい。」ということでした。

正直、アトランタの時は全く実感がなかったのです。「監督の力でメダルを獲らせて頂いた。自分は何もしていない。」と。

実際アトランタの表彰式の夜、監督からとても重みのある、当時の自分達にとっては衝撃的なコメントを頂くミーティングが開かれました。「この中で全員とは言わないが、メダルを返さなければいけない者がいるはずだ。メダルに値しない者がいるはずだ。自分に問いかけてみなさい。」という、とにかくメンバーの胸に痛烈に響く言葉が投げかけられたのです。引き続き現役続行を決意した4人にとって、「この言葉を2度と監督に言わせてはいけない」その思いが上記に述べた理由を指しています。

そしてその経験から、練習は各自に目的意識を持たなければやらされていると感じるだけだと気づき、自分は実行を。後輩にはその意味をわかってもらえるまで何度も伝えるよう努めました。課題が日毎に積み重なりパニック状態に陥る後輩もいましたが、時間の合間があれば一緒に取り組みの優先順位をみつけられるよう考えたり、話を聞いたりしました。

私もまだまだ発展途上中。後輩を指導することになかなか自信を持てませんでしたが、言ったからには自分にも行動責任が生まれ、行動の結果が問われます。おのずと自分にも厳しくならざるを得なくなりました。

そして後輩に伝える際には、かみ砕いてわかりやすく物事を考える習慣を身につけなければ上手く伝えることはできません。その作業が自分自身の考えの整理にもなり、結果として自己の向上につながったのではないかと思いま す。チームメンバーがそれぞれの役割を意識しながら、求められるものに応えようとし、コミュニケーションは活発になされていたのではないでしょうか。

完全とは言わないまでも、本番では一組織として力を発揮することができたと思います。若手のメンバーは、もちろん慣れないことばかりで精神的に追い詰められた苦しい時期もあったはずですが、そこは順番に...というところ。監督は、メンバー一人一人の状態を把握し、上手くバランスを取りながら本番へ向けて自信をつけていけるメニューと環境作りに細心の注意を払って下さったと思います。

シドニーは、私にとってオリンピックのあの大舞台の雰囲気を大いに味わうことができた意義ある大会になりました。


■アテネオリンピック
最後に昨年のアテネについて。自分の21年間の競技人生、それを選んで進んできた証として集大成の演技をどうしても見せたいと願った大会でした。

チームメンバーの構成は...(※誕生日を迎えたとしての年齢)
30歳:1人、28歳:1人、25歳:3人、23歳:3人、22歳:1人 計9名

この内、アトランタ、シドニーの2大会経験者が2名、シドニー経験者が2名、シドニー以降ナショナルA代表経験者(選抜回数の差は有り)が5名。

言うまでもなく、私のポジションとしては年齢、経験ともにリーダーとしてチームをまとめていく立場。デュエットでも出場することになっていたため、チームの練習を抜けてデュエットに時間を割くことが多く、その時はシドニー経験者であり冷静な目線で後輩の面倒見がいい25歳の選手がサブリーダーとしてまとめてくれていました。

その選手と連携をはかり、チームメンバーの雰囲気を把握するための情報を得ながらチームワークを図っていこうとしましたが、過去2回のオリンピックの中で一番この点で難しさを感じることになりました。年齢差、いわゆるジェネレーションギャップと、選抜選手の所属クラブが多様化したことによるコーチング方法の差が大きな壁となり、コミュニケーションの時間を多くとったところで、なかなかチームが目指すべきものを1つに落とし込めずに迷走しました。

経験の浅い若手を見て、アトランタの頃の自分が重なるようでした。が、経験を語っても、メンバーには浸透していきません。キャパがいっぱいの状態です。ただ、私が言い続けたことは、「練習でいかに多くを感じるか。」「どんな小さな変化も見逃さず、その変化を自分の自信につなげていってほしい」ということでした。

本番を迎えたとき、メンバーが全員、「自分のために、自分達の演技をする」と思えていたら本当に嬉しいと思います。各自、インタビューのコメントでは「出し切った」と答えていたのが救いですが、私個人の見解としては、コミュニケーションは一方通行では成立しないことを痛感させられたアテネオリンピックでした。


■総括
私は競技生活を続ける上で、2つのチームワークを図っていたと言えます。デュエット競技でのコーチ、パートナー、自分とのチームワーク、チーム競技でのメンバー8名ないし9名のチームワークです。

それぞれについて悩み、試行錯誤を重ねて行き着いたチームワークの向上を図るためのコミュニケーションとは、指導者と選手。先輩と後輩。上司と部下。チームメンバー。同僚。どの関係においても、うわべで取り繕わず、本気で本音で、かつ冷静にお互いの気持ちの受け渡しをすることだと思います。

一口で言えばこんなに短く、文章一行で済んでしまうことですが、これを実行するのはかなり困難な取り組みになるでしょう。しかし、一人ずつが何かを発信するときには責任が生まれることを意識し、それを行動に反映させ、その作業が自分への新たな気づきとなればそれは嬉しいこと。喜びになれば、困難でも続けていけると思います。

提案させて頂きたいのは、「コミュニケーションを自分への気づきにしよう」と、こういうことです。

全3回に渡り、コミュニケーションについて武田ビジョンを進めてまいりました。この原稿を書きながら改めて自分も気づくことが多く、機会を与えて頂けたことに感謝です。有り難うございました。