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コラム 政治・経済

2012年06月05日

フクシマの教訓とは何か

このところ福島第一原発の国会事故調査委員会を継続的に取材している。これまで官僚、政治家、東電幹部などの参考人聴取を聞いてきた。原発が事故を起こし、いま現在でも10万人を超える人々が避難を余儀なくされている。そうなった理由は何か、原発の安全・安心とは何か。それを考えるための取材だ。

事故に直接関わってきた人々の「陳述」はそれなりに興味深いものがある。彼らが、原発というものをどうとらえ、どう扱ってきたかが垣間見えるからである。

公開された委員会の中で、最も違和感が残ったのは深野弘行原子力安全・保安院長だった。彼は、事故当時の院長ではなく、現在の院長である。その意味で、大飯原発の再稼働問題では一線に立っている。

委員会に現れたときの深野院長は、準備を万端整えてきたようだった。事故の原因特定やその対策が書かれた分厚い資料も配られていた。関係4大臣(野田総理、藤村官房長官、枝野経産相、細野原発担当相)で大飯原発が概ね安全基準に適合し、再稼働に支障はないと決定した元資料である。

なぜ違和感が残るのか。それは昨年の原発事故で明らかになったのは、原発に「100%安全」というものはないということだ。想定外の津波だったかどうかは関係ない。どんなに準備しても絶対に安全ということはない。

だから世界的にも、炉心溶融(メルトダウン)に至らないようにするにはどうしたらいいかというだけでなく、もしメルトダウンになってしまったら、それでも被害を最小限に抑えるにはどうしたらいいかを考えるのが主流となっている。避難先や地元住民に飲んでもらう薬やその他の対策まで決めて、もちろんいざという時に備えて避難訓練も行う。

大飯原発3号機、4号機では、東日本大震災並みの地震や津波が来てもメルトダウンに至らないように予備電源を用意するとか、発電機や配電盤を水密室に入れるなどの対策を取った。だから再稼働を認めてもらいたいという。つまりメルトダウンしないようにしたのだからというのが深野院長の主張だった。

これでは従来の「安全神話」の繰り返しである。どれだけ対策をしても、想定外のことは起こりうる。原子力安全委員会の斑目委員長が「全電源喪失など日本ではありえない」と言ったのがまったくの間違いだったことが明らかになったのに、原子力安全・保安院は、相も変わらず、メルトダウンが起きないように対策を取ったと主張している。

しかし大飯原発で言えば、事故が起きたときに対策チームの拠点となる重要免震棟はまだ整備されていない。ベントを行うときに放射性物質の排出を極力抑えるフィルターもまだ設置されていない。もちろん地元住民を30キロ圏外に避難させるような青写真もない。

フクシマでも、事故の詳細がわからず、一部の地元住民には避難命令さえ出なかった。隣の町が避難しているようだとの情報に基づいて町長が避難に踏み切ったのだという。そんな話を聞くと、事故が起きたらどうするのかという計画はずさんだったとしか言いようがあるまい。実際、浪江町はとりあえず避難したところが、放射性物質の降下量が多かった場所だった。それは後からわかったことだ。避難した子供たちはそのとき外で遊んでいたのだという。

「こんなことは日本では起こりえない」という台詞は何度も聞いた気がする。1986年、当時のソ連のチェルノブイリ原子力発電所が爆発事故を起こした。それを見て、日本の原子力技術者は異口同音に「日本ではありえないことだ」と語った。1994年のロス地震で崩壊した高速道路を見た日本の技術者はやはり「日本ではありえない」と言った。そしてその翌年、神戸の大地震で高速道路が倒壊した。

過信していると言っているのではない。どんな場合でも、たとえそれが100万分の1の確率であっても、絶対安全ということはないということである。飛行機でも列車でも事故は起きる。人為的ミスもあるし、思わぬ外的要因もあるだろう。そして原発のようにいったん事故が起きたら、その影響が極端に大きい(数万人の人が故郷に帰れなくなるというのはあまりにも大きな犠牲だ)場合、起きたらどうするのかを考えておかなければならない。

ただどうもわれわれ日本人は、さまざまな可能性を論議して、シナリオをいくつか考えるのが苦手のようだ。よく聞かれるのは「そんなことは起こらない」という議論だ。可能性の大きさを論じるのではなく、考え得るシナリオを議論しなければならないときに、確率を持ち出していわば思考実験を拒否してしまうのである。

フクシマの教訓は企業経営でも取り入れる必要があると思う。もしサプライチェーンが寸断されたらどうするのか、もし停電になったらどうするのか。この二つとも、2年前まではほとんどの企業が考えたこともなかったはずだ。しかし現実にそれが起こりうる。去年は3.11とタイの洪水で日本企業は嫌というほどリスクを味わった。

そして最も大事なことは「リスクをゼロ」にしたと思い込まないことである。リスクは必ず残る。そしていざという時にどうするのか、それこそがリスク管理の要諦だ。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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