2008年07月25日

親の「能動的な話の聞き方」とは

私にはすでに成人した3人の息子がいます。子ども達が小さかった頃は、毎日が家事や子育てに追われ、時間との戦いでした。

小さな子どもを持つ母親の日々はとても忙しいものです。掃除、洗濯、お弁当作り、子ども達を学校へ送り出し、幼稚園への送り迎え等々、次から次へと仕事が待っています。そして、子ども達には、親として沢山のことを教えなければなりません。

三男が幼稚園に通っていた頃、母の日に描いた「ぼくのお母さん」の絵を見て私は言葉を失ってしまいました。私の頭の上に、にょっきりと2本のツノが描いてあるのです。絵の中にいる私は笑っていません。

私は親として、子ども達と共に明るく楽しく日々を送れるようにと願いながら頑張っていました。もちろん時には大きな声で怒鳴ることだってあります。でも、いつも怒鳴っているわけではありません。それなのに、なぜツノを描くの? 私は頑張っているのに、子どもは私を恐れているの? そんなの悲しい...。 私は、その悲しさや疑問を解消したくて【親業・ゴードンメソッド】を学ぶことにしたのです。

講座で『能動的な聞き方』という"話の聞き方"を学び始めた頃のことです。

夕飯のお手伝いをしていた三男が、私のそばに来て泣きべそをかいています。

子 僕、そんばっかりしてるみたい
私 何か損してるみたいなのね
子 うん、だって兄ちゃん達、お皿やおちゃわん運ばないんだもん
私 お兄ちゃん達はやらないで、自分だけがやってるから、損してるって思うのね
子 うん、おちゃわんだけじゃないよ。いっつもそうなんだ。
  お風呂のふただって兄ちゃんは僕にやらせるんだ。ずるいよ・・・
私 そうか、自分達はやらないで、命令ばっかりするから、
  そのことがイヤなんだね
子 ホントにやんなっちゃうよ。怪獣が出てきたらやっつけられちゃうよね。フフフ!


この会話の後、三男は泣きべそをかいていたことも忘れてしまったかのように、
ニコニコしながらお手伝いを続けました。

『兄達はずるい、命令される自分の立場は損だと感じる』その気持ちが親である私に理解されたことを感じたのでしょう。そして、自分が親に理解されたと感じたとき、親と交わした、お手伝いという約束を守ろうとする気持ちが湧いてきたのかもしれません。自分で気持ちを切りかえ、自分から進んで行動を起こした息子を見て、私は『この子も自分で考えている、頼もしい!』と感じたことを、今でもはっきり覚えています。

上の会話は、前回のコラムVol3でお知らせした1~3の行程を繰り返し行っています。ゴードンメソッドではこの話の聞き方を『能動的な聞き方』と言っています。

親業を学んでいなければ「文句を言わないで、ちゃんと手伝いなさい」「お兄ちゃん達に自分で言いなさい!」などと言い、私は息子を『文句ばかり言う子』と思ったはずです。自分の感じていることを話した息子は、気持ちをわかってもらえず、親に否定され、さらに親からも命令されるのです。私の頭の上にツノが見えても不思議ではありません。そもそも、ツノを描きたくなる程に感じている親に対し「自分だけ損をしている」などと訴えることすらしないでしょう。

日々なにげなく繰り返される親子の会話が、その親子関係の土台を築きます。

子どもが何かを訴えてきたとき、あなたに子どもの気持ちが"なんとなく"わかったならば、あなたが受け取った子どもの気持ちを、あなたの言葉で子どもに確認するのです。その"なんとなく"が、子どもにとって正解ならば「うん、そうなの」と言うでしょう。"なんとなく"がはっきりしたものに変わったときが、親子間の気持ちが通い合った瞬間です。

あなたがその瞬間を体験なさることを、私は期待しています。