2007年10月01日

何のために働くのか

「何のために働くのか」。最近、よくあちこちで、この言葉を見たり聞いたりする。そんなに 難しく考えることじゃない。「働く」って、「はた(傍)をらく(楽)にすること」 だと教えてくれた人がいる。「人が動くと『働く』で、傍が楽に なる」。それだけのこと。どうせなら、感謝の気持ちを込めて、自分も 動いて、傍を楽にさせてあげられたら、とってもステキ。

そう考えると、お金を稼ぐことだけが、「働く」ということじゃないことが 分かる。子育ても「働く」ということだし、「家事」も「働く」ということ。自分が 「動いている」ということが、すべて「働く」ということ。そして、せっかく 人として生まれてきたんだから、動かなければもったいない。何より 自分が動いたら、傍が楽になって当たり前。大切なのは、お互いの感謝の心。

けれど、かつてのわたしは、何のために働いているのかわからなかった。「お金のためじゃない」「でも、自分のためでもない」。家でじっとしているのが嫌だった。最初は、好奇心で始めた仕事だけれど、資金繰りに振り回されて、部下の育成に行き詰まって、お客さんとの人間関係に疲れて、何もかも捨てて逃げ出したかった。家庭も職場も楽しくなくて、「何のために働いているのだろう?」「全部捨てたらどうなるのかな」、そんなことばっかり考えていた。

わたしの父は医者である。冗談ひとつ言わず、毎日、黙々と患者さんを診ていた。趣味もなく、正月でもお盆でも容態の悪い患者さんがいたら 医院を開けていた。「何がおもしろいんだろ?」「この人は、何のために働いているんだろう」、ずっと、そう思っていた。

そんなわたしが、ひょんなことで、「研修」という仕事と巡り合った時にわかったこと。「人って、人のためになら、いくらでも動けるんだ」ということ。自分のために働いていても、なかなかモチベーションなんて上がるもんじゃない。でも、「大谷さんに出会えて良かった」。この言葉をもらえた だけで、すっごくパワーアップできた。

その時に、初めて、父の生きかたが理解できた。父は、毎日、患者さんが元気になるのが楽しかったんだ。「先生、 ありがとうございます」と、笑顔で帰る患者さんを見ているだけで幸せだったんだ。仕事しかない人じゃなく、「働く」ことが好きだったんだ。そんなことが、霧が晴れたかのようの理解できた。  
そして、今、わたしも、そんな父と一緒かも。

毎日、一人でも二人でも 「いいきっかけをもらった」「明日から、パワーアップできそうです」と、言って欲しくて、研修プロデューサーという仕事をしている。毎日、結構、「答え」 のないまま動いている。でも、動いているうちに、見えてくるものが いっぱいある。いつのまにか、人を楽にできてたりする。「これが『働く』 ということだったんだ...」と、実感している。

「何のために働くのか」を考えることも大切。でも、単純に、「人が動く」と 「傍を楽にできるんだ」と、感じてもらうことも大切だと、思って いる。楽しく、動いて、みんなで「楽」できるといいな。