2010年05月25日

会社は社長の器以上に大きくなる

 会社の成長や発展は、社長次第で社長の器以上には大きくならないとよく言われますが、創業以来、運の強さとラッキーの連続、時流に乗ったり、超優秀な人材(財)に恵まれたり、取引先や金融機関の力強い支援が有ったりと様々な要因によって、思わぬ成長発展をする場合も稀にはあるでしょう。紛れも無くこれも社長の能力、資質であり、社長の器によるものなのです。

 例えば、趣味が多彩で社交的。人脈豊富な社長が、例え社業を役員、社員任せであっても、経営が右肩上がりであれば、それはそれである意味、立派な経営者であり、誰もが認める器の大きな社長なのかも知れません。

 しかし、業績は下降の一途。赤字すれすれ。リストラはし尽くしたという社長に限って、自分自身のリストラをせず、過去の経営が上手く行っていた時と何ら変わらぬまま、社業以外で時間とお金と体力の浪費を続けている。のんきな社交的社長故の悲劇と言えなくはないのです。これでは、社長の器以上に会社が大きくなることはないでしょう。

 自他共に認める変人で有る私は、経営者になると同時に、それまでの人生を180度変え、経営者として脇目もふらず我が身を経営に捧げ、一途に打ち込みました。経営者としての能力や資質のない自称"三流経営者"で"器の小さい経営者"。ましてや人・物・金をはじめ他の必要とされる経営資源すら何も無いのですから、簡単には上手く行かないと単純に思っていたからです。

 だからこそ、創業以来、率先垂範、超現場主義、超お客様第一を貫こうと覚悟し、脇目もふらず、ただひたすらお客様をはじめ、私に関わる人の期待に応え、喜んでいただくことを考え、実践をし続けました。少し余裕が出来たとしても経営以外のことに気を奪われさえしなければ、やがては思ってもみない程に発展するものです。

 社長には多くの人々が、多くの期待を寄せてくれているものです。それらの期待に応えるには、社業の着実な発展が一番であり、経営者として何よりも嬉しく、幸せなことなのです。始まりは全て小さい。やがては社長の器以上に大きくなるものです。論より証拠と言いますが、まさに私自身がその証拠といえるでしょう。