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2018年08月24日

生産性向上のカギはシステムでも分析でもなく、マネジャーの「勇気」にあり。

生産性とは、平たく言えば「割の良さ」だ。経営やマネジャーにとっては「販管費や給与等に対して、売上や利益や仕事の出来などがどうだったか」であり、働く人にとっては「働いた時間や心身の稼動に対して、成果や評価・処遇がどうだったか」ということである。また、生産性の向上には、当然だが「分子を大きくすること」と「分母を小さく(適正に)すること」の両方に取り組まねばならない。労働力不足に直面し、生産性の向上は日本全体でも各企業においても重要な課題になっているが、このような前提を置いてしっかり考えてみる必要がある。

1.経営・マネジャーにとっての分子への取り組み

経営やマネジャーが、分子(売上や利益や仕事の出来)を大きくしようとする時に、もっとも重要なのは、価値が高い仕事に注力する(儲かる商品やサービスに対して経営資源を傾ける)ことだ。価値が低い仕事を担当させて、頑張れ、もっとやれ、本気でやれと発破をかけてもそう簡単に結果は出ない。担当者はこれまでも頑張ってきたわけだし、時間にも限りがあるし、価値が低い仕事に対して本気になるのは難しいからだ。価値が低い仕事があれば、どうしたらその価値を高めることができるかを考える。その仕事の価値を高めることが無理なら、やめるか外注するかの判断が必要になる。価値が無い仕事を発見するのも大切で、それをやめれば付加価値を生む時間を増やすことができる。

もちろんそんなことは重々承知と全てのマネジャーが思うだろうが、それが現実の仕事の状況に反映されないのは、マネジャーの保身と遠慮が原因である。価値の低い仕事だとわかってしまえば自分の部署や自分の役割を否定してしまうことになる。この業務の価値は低いからやめるという判断は、担当しているメンバーの存在意義を否定することになり、機嫌を損ねてしまう。だから分っていても実行できず、今もだらだらと旧来の仕事がつづけられているのだ。

次に、組織と個人の能力開発も重要である。組織の能力開発とは、人が集まった意味つまり相乗効果を発揮できるようなチーム作りである。5人がバラバラにやるより、集まったから7人分、8人分の成果が出るようにする。誰かが行った成功の要因を掘り下げて共有し、皆がそれを再現できるようにしたり、誰かが行った失敗の要因を掘り下げて共有し、二度と起こらないようにする。一人では思いつけなかったアイデアを、ディスカッションを通して生み出す。自分にはない視点、知識、人脈を他者から得たり、借りたりする。一人ではなかなか持ち得ないやる気、使命感、楽しさ、精神的な安定などを得る。そういったチームを作り出すことだ。多くのマネジャーはメンバーの物足りない部分に焦点を当てがちで、したがって個人の能力開発に力点が偏ってしまうが、組織の能力開発は同様あるいはそれ以上に重要である。

2.経営・マネジャーにとっての分母への取り組み

経営やマネジャーが、分母(販管費や給与等)を小さく(適正に)しようとするとき、もちろん人員数の最適化や人事制度の改定といった手段は王道だが、ワークライフバランスや「働き方改革」で再び注目されている「労働時間の短縮」は、もうそろそろ本気で解決しなければならない重要課題だろう。もうそろそろ・・と言ったのは、労働時間の短縮はもう30年以上も前から問題となっているからだ。実際、正社員の労働時間は30年間ほとんど変わっていない。

内閣府の経済社会総合研究所の調査(平成22年)でも、日本の正社員の労働時間の長さは明らかである。(やや古いデータではあるが、今もそう状況は変わらないだろう。)

グラフは、正社員の平日・勤務日の労働時間の国際比較だ。

正社員の平日・勤務日の労働時間の国際比較

ドイツと比べれば毎日約2時間も長く働いているから、ドイツ人が8時間で出来ることを、日本人は10時間かかってやっているということになる。つまり、ドイツ人の労働の価値は、日本人を25%も上回っており、日本人の時給はドイツ人の8割にとどまっているという意味でもある。また、年間にすれば約500時間の差になるから、ドイツ人は2ヶ月休んでも、日本人と同じ成果を残しているということになる。

もちろん、これはドイツ人と日本人の個々の能力の差を表しているのではない。やらなくもよい業務、無駄や余計な作業、意味のない長い会議、多すぎる手続きなどに、毎日2時間を費やしまっているということである。来なくてもよい日(行かなくても仕事が回る日)でも出社するなど、有給休暇が取りにくいことなども影響しているはずだ。

分母を小さくするために、経営やマネジャーはやらなくもよい業務、無駄や余計な作業、意味のない長い会議、多すぎる手続きなどを徹底排除しなければならない。そのためには、人事制度で後押しをしてあげる必要もある。毎日2時間の労働時間の短縮は、働く側にとっては月10万円近い収入源につながるからだ。これでは、労働時間短縮は進まない。労働時間の短縮分を原資として賞与に上乗せするといった仕組みを導入し、早く仕事を終えるインセンティブが働くようにするのが肝要になる。

「ノー残業デー」とか「業務のたな卸し・見直し」などが、何の効果ももたらさないのは、この何十年で既に証明されている。また、ITによる業務効率化も、労働時間の短縮につながらないことは既に明白である。ドラッカーは、「誰にとっても優先順位の決定は難しくない。難しいのは劣等順位の決定。なすべきでないことの決定である」と言っている。また「劣等順位をつける際に重要なのは、分析ではなく勇気だ」とも言う。パーキンソンの法則「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」「役人は相互に仕事を作りあう」も、役所の世界だけに当てはまるものではない。これらの言葉を胸に留め、ドラッカーが言うように、勇気を持って「やらなくもよい業務、無駄や余計な作業、意味のない長い会議、多すぎる手続き」などを徹底排除すべきである。逆に言えば、「勇気のないマネジャーの組織で、生産性が向上する可能性はない」ということだ。

3.働く人にとっての分子への取り組み

働く人が、分子(成果や評価・処遇)を大きくしようとするとき、まず重要なのは学びである。日本のビジネスパーソンの学ぶ時間は、国際比較で極端に短いという。知的労働や感情労働が主流となった現代において、学ばないままにキャリアを形成していくのは難しい。問題意識を旺盛にし、本質や原則を知ることによって視点や自信を確固たるものとし、多様な引き出しを獲得して効果的な取り組みや対応を可能にするのは、学びの力に他ならない。場数とマニュアルの習得によって習熟した労働者となり、その反復がキャリアとして評価された時代はとうに過ぎている。

学びとは、第一に、場数を丁寧に振り返り経験として蓄積すること。第二に、社内外の関係者から内容のあるフィードバックを受けること。第三に、読書や研修などによって異なる視点・視野を得ると同時に、自らを客観視する機会を持つこと。第四に、会社や仕事以外の活動や交流を通して、多様な刺激を受けることである。これらの前提として、自分にないものや自分とは異なるものに対する柔軟で真摯な態度、しなやかで謙虚な態度、十分な受容性が求められるだろう。

ネットワークの構築も、分子を大きくするためには欠かせない。いくら熱心に学んでも、不得意や欠点、出来ないことや知らない分野はなくならないからだ。したがって、成果を大きくするためには、自分の外側に能力を持つという意味でのネットワークが必要になる。自分にできないことを快く引き受けてくれる、自分が知らないことを喜んで教えてくれる人とのパイプが多ければ多いほど、太ければ太いほど、成果が上がるようになる。このような関係構築をしていくにも、学びが重要である。ネットワークとは、専門性の交換であるからだ。こちらに大した専門性がないのに、やってくれ教えてくれは通じない。ネットワークの本質は、互いの専門性に対するリスペクトにある。学びつづけて専門性を磨く者同士だからこそ相互に委任する機会が得られ、そこから大きな成果が生まれてくる。

4.働く人にとっての分母への取り組み

働く人が分母(働いた時間や心身の稼動)を小さくしようとするには、二つのポイントがある。一つ目は、ライフ(人生や生活)の充実を図ることだ。子を持つ母親の仕事は多くの場合、素早く効果的である。これは、仕事以外に心から取り組みたい、取り組まねばならないと思っている課題があるからだろう。職場で「早く済ませて早く帰ろう」という掛け声がかかっても、何十年もの間それがまったく実現していないのは、早く帰れば残業代が減るし、帰ってもすることがないし、居場所もないからである。会社は、従業員が早く帰ることによる逆インセンティブに対して手当てをしないし、働く側も早く帰るインセンティブがない。これでは、労働時間が減るはずはない。会社が逆インセンティブを早期に解消することを期待するが、同時に、働く人達はワークの改善だけでなく、ライフ(人生や生活)の充実も真剣に考えるべきだ。ライフの充実は、労働時間の短縮だけではなく、ワークの内容にも必ず好影響を及ぼすはずである。

二つ目は、会社全体や仕事の最初から最後までの流れを捉え、広く関係者との信頼関係を構築することである。業務に流れがある以上、働く時間の短縮は自分だけで行うには限界がある。関係者の合意がなければ、根本的な効率化は実現しない。したがって、どのようにすればパフォーマンスを落とさずに投入コストを抑えるかは、皆で検討する課題となる。その際には、会社全体や仕事の流れへの理解と、関係者との信頼関係が必須となる。

働く時間だけではなく、心身に無理な稼動をさせないようにするのも大切だ。心身の疲れを最小限に抑えながら、自然体で活き活きと働けるようにする。そのためにも、広く関係者との信頼関係を構築しておかねばならない。相互理解のない人との会話は疲れるし、気遣いも多い。信頼関係のある人たちとの仕事は、失敗を恐れずに取り組めるし、必要以上のストレスがなく楽しく頑張れるはずだ。

このように4つの視点から見てくると、生産性の向上は個々のキャリア形成にも大きく関係していることが分かる。価値の低い仕事の存在や無駄な仕事に費やす時間は、キャリア形成の障害となる。価値の低い仕事の存在や無駄な仕事に費やす時間は、学ぶ時間や人生・生活を充実させる発想も時間も奪ってしまっている。生産性が向上させられない最大の原因は、先述のドラッカーの言葉を借りれば「マネジャーの勇気のなさ」である。いつまでも仕事の分析をするばかりで、劣後順位を決める勇気がなく、価値の低い仕事ややるべきでない仕事をやめるという判断が下せない。勇気のないマネジャーは、生産性が向上させられないばかりか、メンバーのキャリア形成の障害にもなっているのである。

川口雅裕

川口雅裕

川口雅裕かわぐちまさひろ

NPO法人「老いの工学研究所」理事長(高齢期の暮らしの研究者)

皆様が貴重な時間を使って来られたことに感謝し、関西人らしい“芸人魂”を持ってお話しをしています。その結果、少しでも「楽しさ」や「気づき」をお持ち帰りいただけていることは、講師冥利につきると思います。ま…

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