2020年02月06日

死にたい、消えたい、と初めて思った

大畑:僕がラグビーを始めたのは友達を作るためだったんです。大阪生まれの大阪育ちですが、まわりは阪神ファンの野球少年ばかり。でも、馴染めなくて。そこに興味が持てないなら、みんなに興味を持たれる人間になればいいと思ったんです。そんなとき、野球以外で最も近くにあったのが、父親と一緒に正月のテレビで見ていたラグビーでした。小学校3年でラグビースクールに入ったんですが、足が速かっただけで、みんながすごいと言ってくれて。

官野:僕はもともと野球少年だったんです(笑)。巨人ファンでしたけど(笑)。ずっと野球選手になるんだと思っていました。千葉生まれで甲子園の常連校に進んで1年から試合に出たりしたんですが、うまくならずプロをあきらめざるを得なくなった。それで始めたのが、サーフィンでした。モテるんじゃないかと思って(笑)。

大畑:なるほど、最初からスポーツができる人だったんですね。

官野:サーフィンにどっぷりのめりこんで、スポンサーがつくまでになりました。もっとも朝4時、5時に起きて、9時に寝る生活ですから、まったくモテませんでしたけど(笑)。2004年、静岡でサーフィンをしていて、浅瀬に頭から突っ込んで脊椎を傷つけてしまいました。うまくなってきて、調子に乗っていたんだと思います。この日に限って、サーフボートと身体を結ぶリーシュコードをつけていなかった。まったく動けなかったんですが、運良く仰向けになって浮かび、発見してもらえました。病院に運ばれて、目を開けてすぐに先生に言われたのが、「歩けなくなります」。でもこのときはショックはなかった。スポーツで地獄みたいな練習をしてきましたから、きっと歩けるようになると思っていたんです。元に戻せる、と。ところが、歩けないわけです。

大畑:回復できると思っていたのに、難しいとわかった。どう心を整理したんですか。

官野:元に戻せるという自信が不安に変わり、恐怖に変わって、情緒不安定になりました。急に泣いたり、急に怒鳴ったり。一番辛かったのは、同い年くらいの若いかわいい看護師さんにオムツをつけられたこと。このときは初めて死にたい、消えたい、と思いました。僕の母は看護師なんですが、こんな状態の僕を見てケラケラ笑っていました。どれだけ空気が読めないんだ、どうして僕の気持ちがわかってくれないんだ、と思いました。ところが、ある夜、目が覚めると母が泣いていたんです。当然ですよね。息子が歩けなくなって、笑えるわけがない。でも、一緒に泣いたら、僕がつらくなると思って、無理に笑っていたんです。それがわかったら、めちゃ泣けてきて。母を泣かせないために、強く生きよう、頑張ろう、と吹っ切れたんです。

大畑:ウィルチェアラグビーとは、どんなふうに出会われたんですか。

官野:2005年に退院して、1年ほどは生きるのに必死でした。四肢麻痺でしたので、握力がなくて家の鍵も閉められない。そんな状態からのスタートでした。車椅子から車に乗って、コンビニに行けるようになっても、上の棚にあるジュースが取れない。小銭が出せない。そんな中、2006年1月に福祉車両店に行ったら、後ろから背中を叩かれました。車椅子の男性で、車椅子ラグビーを知っていますか、と。話をすると偶然、家も近くで話が盛り上がり、連絡先を交換しました。ウィルチェアラグビーについては知りませんでしたが、調べてみると2004年にアテネオリンピック・パラリンピックで日本代表が初出場していたんです。結果は出場8チーム中8位。このとき、ハッとしたんですね。この競技を始めたら、日本代表になれるんじゃないか、と。それで練習に連れていってもらって、衝撃を受けたんです。車椅子に乗っていると、エレベーターを押さえてもらえたり、まわりの人が親切にしてくれます。やさしい気持ちはありがたいですが、実際にはそれは必要ないんです。いろんなことが、自分でできるんです。でも、やらせてもらえなくなっていく。ところがウィルチェアラグビーを見に行ったとき、大の大人が思いきり車椅子をぶつけてきて、ひっくり返すわけです。しかも、誰も助けてくれない。でも、逆にコートに入ったとき、自由を感じました。それで、あっという間にどっぷりハマっていったんです。

なりたい自分という無形のものを追いかける

官野:大畑さんは体験いただいていますけど、ラグビーという名前はついているものの、アメリカンフットボールに近いかもしれないですね。ボールを前に出しても反則にはなりませんし。7割がアメフトのルールで、残りがバスケットボールやアイスホッケーに似ている感じでしょうか。ただ、タックルが認められていますから、ラグビーの名前がついているんだと思います。

大畑:激しいし、奥が深いですよね。フィールドの使い方、スペースの使い方などチームとしてのマネジメントは、ラグビーに近いところがあります。何か動きがあったとき、すべての選手が何をしないといけないか瞬時に判断して、最良の選択をして動き出す。時間帯によっても、攻守の切り替えのタイミングによっても、何をするかを考えないといけない。障害度によって選手の入れ替えも必要。ただボールを運ぶだけではないスポーツですね。

官野:ほとんどのスポーツがそうですが、戦術があったとしても、こうしていればいい、というものはないですよね。一人ひとりが瞬時に対応していかないといけない。面白くて、のめりこんで。  実は始めた翌年に日本代表に呼ばれているんです。自分は天才だと思いました(笑)。ただ、この勘違いは大バカ野郎だったと後で気づくんですが。もともとスポーツをやっていたので、スペーシングとかパスを出すタイミングとかが、普通の人よりはすんなりできただけなんです。調子に乗っちゃって、後でたくさん失敗して、日本代表を外されて。  大畑さんは、どんなふうにうまくなっていかれたんですか。

大畑:僕の場合は、自分で目標を定めて、それに対して一つひとつ階段を昇っていく、という成功体験の積み重ねでした。自分自身のプレーヤーとしての枠を、いかに大きくしていくかという、繰り返しです。 目標の選手もいなかった。ラグビーをうまくなる理由が、そこにはなかったから。自分の表現するステージがラグビーだと思っていたんです。オリンピックしかり、プロ選手しかり、その表現の場を広げていけば、プレーヤーとして大きくなれると思っていました。 その意味では、ラグビーに固執しているわけではなかったんです。それが表現の場だったというだけです。ただ、やっている以上は最低限の結果を残さないといけない。それで、いろいろな学びを深めていきました。 僕は与えられることがすごく嫌いなんですよ。与えられると言い訳するから。与えた人のせいではないか、ということになる。自分が考えて、自分が選んで初めて、失敗だって活かせることに気づけるんです。

官野:おっしゃる通りですね。特に今の若い人は、モノや環境のせいにしがちです。

大畑:与えられ過ぎているんだと思います。情報を。お手本や憧れもそう。形のない、なりたい自分という無形のものに走って行くのは、困難です。でも、そんな道を選択するから見えてくることがあるんです。そして、それを一つひとつクリアしていくときの充実感、達成感は、とても大きい。

官野:日本代表を外されたとき、僕も発想の転換をしました。まわりのせい、何かのせいにしがちだったので、そうじゃないんだと言い聞かせて。実際、まったく周囲が見えていなかった。支えてくれていた人の存在にも気づけなかった。 オレはポンコツでクズでどうしようもない人間だと思うところから始めたんです。じゃあ、自分はどんな人間になりたいのか。それを考えたことで新しい自分が拓けて、2011年に代表に復帰できました。翌年、目標だったロンドンオリンピック、パラリンピックに出場することができたんです。

究極のチームプレーは、自分を高めること

官野:日本代表から外れて心が荒んでいたとき、とてもいい出会いがありました。スポーツメンタルの担当をしてくださっていた、日本大学の橋口泰一先生です。お会いしたとき、「あなたの夢は何ですか?」と問われました。「ロンドンパラリンピックに出ること」だと答えました。すると、先生が衝撃の返答をくれました。「その夢は叶いますか?」と。 夢が叶いますか、と聞かれて、はい、と言える人はなかなかいないでしょう。叶うのが難しいから夢なんです。僕も言葉に詰まりました。そうすると、先生に言われたんです。「その夢を目標に変えることができますか?」と。  夢を目標に変えることで、それを叶えるために何をするべきか、何をしないといけないかが見えてくる。ただ何かをするのではなく、目標から逆算して、1カ月のやるべきことを、1週間のやるべきことを、毎日のやるべきことを決める。 意識が変われば、行動が変わる。行動が変われば、結果が変わる。これを実感することになったんです。

大畑:自分の中で、どれだけ逆算できるか、ですよね。自分がどうなりたいか、見えているか。今の自分はどこにいるのか、明確にイメージできているか。段階をしっかり経て、逆算しながら、そのステップを踏んでいけばいい。 そうすることで、昇り方が間違っていないか、検証もできる。間違っていたとしても、それはそれで構わない。いつかどこかで、その経験が生きる。何をするにしても、自分で考えて行動することで、引き出しの数を増やすことができる。この引き出しをいかに増やせるか。それは、主体的に物事に対して考えて、しっかりアプローチをすることによって、できる。どこにも無駄がないことがわかる。 なんとなく不安だ、と何も考えずに与えられた情報の中で、ふんわり生きていくのが、一番良くないんです。自分でわかるもの、わからないものを、ちゃんと理解する。わからないものに縛られない。自分で考えて行動したことは肯定する。そうすれば、自分の財産になるんですよね。

官野:失敗することも成功体験ですよね。

大畑:何をしたらダメなのかがわかるから。その繰り返しですよ。

官野:チームでも同じですよね。

大畑:個人競技なら、個人で突き詰めて、どこかダメなのか、明確に見分けていくことができる。でもチームはそうはいかない。結果を出せないと思っていても、自分一人で頑張っていても、どうにもならない。まわりは変えられない。だから、自分から変わるしかない。 まわりとの兼ね合いの中で、一番結果に結びつけられることは何か、自分で考えて、それをまっとうしていくしかない。自分本位に、オレはこんなにやっているのに、まわりがダメだ、という発想が最もいけないですよね。みんなで成果を挙げるにはどうするのか、まわりがやりやすいよう、自分が変わっていく。 団体競技だからこそ、いかに自分にベクトルを向けるかが大事になる。

官野:まさにそうですね。会社も同じです。ひとつのチームでやるとき、年齢も性別もスキルも違う。そんな中で、オレが一番できるんだからオレについて来い、なんて言っても誰もついてきません。 自分にベクトルを向けて、みんながうまくいくために自分が何をしなければいけないか、そういうことを考えることが大事ですよね。チームプレーなんて、自分のエゴでやってもうまくいかない。

大畑:団体競技といっても、個の集合体ですからね。個を大きくすれば、組織として大きなパワーが生まれる。まずは、個を突き詰めることが大事なんです。

官野:おっしゃる通りです。究極のチームプレーは、自分を高めることですよね。

大畑:自分にできる最大限のマックスを目指す。それこそ個人がやらないといけないことです。ターゲットは、チームが勝つことですから。そして、みんなが同じ方向を向くことが大事。ラグビー日本代表が、ワールドカップでベスト8に進んだのも、これができていたからです。「ONE TEAM」ですね。

自分に勝てないと、最後は勝負に勝てない

大畑:ワールドカップで日本代表が活躍してくれたおかげで、僕も忙しくなりました。足を向けて寝られないです(笑)。同時に、現役時代、頑張ってきて良かったな、と思いました。 ただ、僕にとっては、何かが変わった、というわけではないです。人間が生きている道は一つしかない。しかるべき道に進んだだけ。けれど、それまでの道をしっかり歩んでいないと、しっかり準備をしていないと、そうはならないわけで。 盛り上がったのは嬉しいし、ラグビー選手に憧れる子どもたちに大きな目標ができたというのは、素晴らしいこと。でも、自分の中では自分の進むべき道をしっかり走ってきただけなんです。

官野:ワールドカップで、日本のラグビーを見る目が変わったのは事実ですよね。日本人って、サッカーでもそうですが、勝てなさそうなときは見ようとしないじゃないですか(笑)。ところが、苦戦必至で、ランキングも上で、屈強な相手を押し込んでいった。こうなると、見る目が変わりますよね。 僕は、勝つ準備をしっかりして、勝つべくして勝ったと思っています。「ONE TEAM」でみんなで同じ方向をちゃんと見て、自分たちを信じてしっかりファイトした。勝つと信じて、ハードワークをしていったんだと思うんです。とんでもない努力をしたと思う。 でも、盛り上がりはうれしいですね。ラグビーは日本の中でマイナーな競技でしたが、人気のスポーツになった。ラグビー選手って、人間力も凄いんですよ。努力すれば、こんなふうになるんだ、ということがわかったということでも、うれしかったですね。

大畑:僕はチームが何をしてきたか、見てきていますので、これだけの活躍のイメージはありました。選手もスタッフも、相当やりこんでいました。過去何大会かの経験を積んで、やれることはすべてやった。しかるべきタイミングで、しかるべきことを全部やった。 だから、自信を持ってグラウンドに立っていました。みんな勝つと信じていた。一人でも不安があると、こうはならないんです。特に不安は怖い。でも、それがまったくないくらいに練習をやり込めた。だから、あれだけのことができたんだと思います。 ただ、世の中がこれだけ盛り上がるというのは想像できませんでした。いくら頑張っても評価されないことは多々あります。でも、それはニーズと供給のバランスなんです。マイナーな競技でしたが、選手があれだけのことをすればどうなるか、しっかりした形を作ってくれたと思っています。一つのことを成し遂げましたよね。 ただ、盛り上がれば、しぼんでいくのも宿命。その下降曲線をいかになだらかにするか、それに対して、できることをやっていかないと、と思っています。

官野:社会人リーグにどう人を呼ぶか、もそうですね。

大畑:それもひとつですね。プレーヤー含め、それぞれのポジションの人が役割を果たしていかないといけないですね。

官野:ラグビーって、すごいスポーツなんです。練習を見せてもらったことがありますが、この世の中ので一番キツイと思いました。なんでこんなに練習しないといけないのか、くらいにやっている。でも、なぜやるのかといえば、勝つことを信じるためにやるんです。それを耐えられる自分たちだから、信じられる。 だから、普段の練習から見てほしいんです。めちゃカッコイイですから。そして、信じることは大事。勝つことを信じることも、仲間を信じることも。

大畑:僕たちの時代もやっていたつもりだったけど、結果が残せなかったんだから、足りなかったんだと思う。しっかり準備をやりきれなかった。それだけです。 どうしてあんなに練習できるのか、と聞かれることがありますが、僕の場合は、なりたい自分に少しでも近づきたいだけでした。だから、しんどいなんて思わない。なりたい自分になるための作業なんです。だから、人と比べないことが大事になる。人と比べないことが、パワーをくれる。トレーニングは、常に一人でしていました。 ラグビーの中で、自分の持っているものを、どれだけ出せるか。自分の身は自分で守るしかないわけですが、その中でリミッターギリギリで挑んでみる。1%でも2%でも超えられないかを考える。もともとポテンシャルは低いかもしれないけど、もっと上げられるよう努力する。 ただ、精神的な限界値より、肉体的な限界値のほうが手前にあったんで、僕の場合はアキレス腱を2本、切ってしまったんですが(笑)。

官野:僕も基本、一人でトレーニングします。人とトレーニングすると頑張れちゃうんですが、それは偽物だと思っていて。本当に苦しい局面になったとき、自分と戦っていける人間じゃないと最後は勝てないんですよね。自分に勝てる人間じゃないと。やっぱり自分との戦いなんです。

講演後、中学生や高校生からダイレクトメッセージが

官野:リオデジャネイロパラリンピックで銅メダルを取れたとき、本当にうれしかった。自分たちが信じたことが、本当に形になった。生きていて良かったと思いました。こんなにうれしいことが、この世にあるのか、くらいにうれしかった。 ずっしりと重いメダルを首にかけてもらって、ハッと我に返りました。銀メダルのアメリカの選手はみんな泣いていて、金メダルのオーストラリアの選手は笑顔でスタンドには国旗が舞っていて。それを見て、かっこいいなぁ、と思ったんです。そして、東京で優勝してこの光景を日本で見られたら、気持ちいいだろうなぁ、と思いました。そこから東京を目指す挑戦が始まりました。2017年には公務員を辞めてプレーヤーに専念し、アメリカのチームでもプレーしました。 東京パラリンピックに出られるかどうかはわかりませんが、自分を信じるしかない。信じられるのは、自分だけですから。

大畑:頑張っている人を見ると、応援したくなります。応援って、すごい力になるんですよ。

官野:応援をネガティブにとらえる人は誰もいないですものね。ウィルチェアラグビーの日本代表は、ワールドカップで優勝しているんです。世界チャンピオンなんです。金メダルを取れるチャンスは十分にあると思っています。 ぜひ一度、ウィルチェアラグビーを見てもらいたいです。使っている車椅子は、だいたい一台100万円くらいします。ちなみに、僕の車椅子は特注で170万円なんです。ホンダのN-BOXの新車が買えちゃうんですよ。 誰でも新車を電信柱に突っ込みたい人はいないと思いますが、ウィルチェアラグビーは突っ込むんです(笑)。

大畑:それをぜひ書いてもらわないと(笑)。それだけ身体を張ってる。

官野:世界で一番高い車椅子なんです。それを激しくぶつけるんです。

大畑:ウィルチェアラグビーは、ボールを持っていないときにもぶつかりますからね。しかも本当に衝撃は激しい。僕もスポーツをやっていなかったら、吹っ飛ばされていると思いました。

官野:鍛えないといけないんです。コートの外に弾き飛ばされるとターンオーバーにつながりますから、常に緊張していないといけない。ゴール以上に、ミスが起こると盛り上がるスポーツなんです。 ところで大畑さんはどんな講演が多いんですか?

大畑:会社の研修や学校が多いですが、求められればどこでもやりますよ。ラグビーというチームスポーツを子どもの頃からやってきた中で、リーダーとしてチーム力や組織力を強化するためにはというような話だったり、目標をもつことの大事さ、前を向くことでモチベーションは高まる、といった話をさせてもらいますね。

官野:僕は学校が多いんです。ただ、障害者アスリートの話をそのまましても他の人と同じになるので、僕はリアルな部分を面白おかしく話すようにしています。堅く見られがちなので、普通なんだよ、と。 お金も好きだし、異性も好きだし、障害は個性のひとつなんだ、と。人間の本質は同じなんです。

大畑:動機は不純でもいいんですよね。不純なほど頑張れる。僕も高校時代は、大阪一モテたいと思っていましたから(笑)。

官野:思い切った話をするので、距離がぐっと近くなるみたいです。終わった後、中学生や高校生からダイレクトメッセージがたくさん来ます。どうすれば緊張しなくなるのか、キャプテンとしてチームをまとめるには、彼女を作るにはどうしたら、なんて質問もあります(笑)。

大畑:アスリートといっても、そんなに距離は遠くない。それはぜひ知ってほしいですね。

――企画:土橋昇平/取材・文:上阪徹/写真:丸山太一/編集:対馬玲奈