2012年05月01日

人の可能性を引き出す指導の難しさ

 人の可能性を見出し、引き出すことって本当に難しいですね。
私にとってそれが目下のテーマであり、なかなか苦心しています。

 この時期ならば企業の新入社員の育成についても、担当の方は同じ悩みを抱えていらっしゃるかもしれません。担当じゃなくても上司の役職に就けば、皆さんほとんど同様・共通の悩みと言えるのではないでしょうか。

 会社にとって欲しい人材とは、企業の理念と経営方針を理解し、それに沿った形で自ら行動してくれて、あるいは製品を創りだしてくれて、さらに心身共のタフさを併せ持っていてくれて、仕事を面白がり、チームを盛り上げ、会社に誇りを持ち、業績を上げてくれる...そんな人材が欲しい訳で、そういった観点で、まずその会社への帰属意識を持たせるために重要な期間となるのが、いわゆる"新入社員研修"になるのだろうと思います。

研修の育成プログラムに関しては各企業共、相当な人的・予算的投入をされているのは言うまでもなく、専門的なプロから指南を受けるのはもちろんのこと、英知を結集して作り上げたプログラムを実践して、それをさらに練り上げ、ある程度の効果が期待できるところまで熟成されたマニュアルに則ってみっちり研修を受けてもらう、そのような流れになっていると思います。

ただ、実際に即戦力として使おうとすれば、もう一歩踏み込んだ個人の感性や経験が必要になってきますが、企業・組織が大きくなればなるほど、人が多く、競争原理が働くのでその中で揉まれるうちに、感性も経験も磨かれていくということも自然と起こります。

また、大きな企業や組織の場合、個人が全てオールマイティーに何でもこなせるようになることばかりを推奨しなくとも、適材適所に配置することで、得意な人が、不得意の人の部分をフォローし、ある分野に不得意だった人も、自分の得意な部分で補填し合い、最終的にチームとして結果が出れば良しという方法もあると思います。

 それに対して、今私が持っている狙いは、人材も少なく、練習時間も少なく、一流に触れる機会も少なく、という相当に不利な状況の中でもピカイチに抜きん出た人材を輩出したいと考えているのです。

 以前から何度も題材に取り上げさせてもらっているのでご存じかもしれませんが、私は現在シンクロ競技の選手育成に関わらせて頂いています。三重県で小・中学生を指導しており、去年の夏は教え子が初めてジュニアオリンピックに出場しました。

 ロンドンオリンピックの開催が目前に迫り、各競技、最終選考会や出場枠を獲る為の予選会が行われ、自然とその話題に注目してしまうのですが、その中継映像や選手のコメントを聞いて「最高峰の舞台に立つあの緊張感、楽しいやろうなぁ...」とか、「あのしてやったり感、気持ちいいやろうな...」とか羨ましさに似た感情になり、引退して8年も経てばその感情はどんどん薄れていくと思っていたのに反して、4年前の北京オリンピックの時よりも今の方が逆に羨ましさが増した気がするのが不思議です。

私が何を言いたいかというと、2年前からスポーツの現場に少しだけ戻った私は、そのゾクゾクするような記憶が呼び覚まされ、指導している小・中学生の選手に「そこを目指して欲しい」、「その喜びを味わってほしい」といつの間にか託してしまっているのです。選手にとっては迷惑な話かもしれませんが(苦笑)。やるならば、目指すならば最高峰を。と、思います。

 今はジレンマばかりが多くあります。シンクロ競技の練習は長くて有名ですが、それを毎日していても結果が出るまでに時間を要するのに、私が関わっているシンクロクラブの練習の設定は塾をはじめ他の習い事をしている子供もいるので、週3回。長くやれても1日6時間。合宿も長期のものはしていません。私自身も別のお仕事や、もう少し後には出産も控えているので、現場を休むことも当然あります。子供達も結構のんびりしています。良いか、悪いか別にして、闘争心がイマイチ弱いですし、もっと自分を格好良く見せる見せ方に関心が薄いです。

不都合な条件を挙げたらきりがありませんが、ただ一つ、私の中で揺らがず思っていること、それは、「限りある時間でどこまで子供達に感性を豊かに色んなことを感じとってもらえるか」ということ。毎回の練習毎に勝負です。一流の動きとは?を頭に入れてもらい、自分の今の動きがそこからどうかけ離れているのかを把握し、いかにそれに近づけていけるか?さらに必要なのが、しんどさから逃げる自分や、怠ける心を自らどう律することができるか?それを促す言葉掛けができるかが勝負だと思っています。言葉掛けも試行錯誤中でありますが、今は粘り強く情熱を持って継続しようと思います。成果を急ぎたくなる気持ちもありますが、私にとっては我慢の時だと捉えています。

私は選手時代、常に限界を超えてきました。でもそれは必ずしも自分一人の力だけで行ってきたわけではなく、指導者や家族、私を支えてくれる人達が私の可能性を信じ、今の能力のその先にあるものを指し示し、引き出してくれたからこそ、できたことだとも思うのです。

 こちらから、私が与えられる知識やノウハウ以外に、選手本人さえ気づいていない感性や可能性を呼び覚まし、またその可能性があることを私は選手にどう理解してもらうか、苦心しながらですが、チャレンジしていきたいと思います。