2011年09月30日

チチローさんと語る教育論

 なぜだかここのところ<スポーツ漬け>の日々です。と言っても、使うのは頭ばかり。例えばトップアスリート強化のための助成事業について話し合う会議に出たり、選手引退後のセカンドキャリアについて意見交換をする会合に出席したり、地域型総合スポーツの普及について考える会があったり・・・等々、環境整備の面で関わらせて頂いていました。そして一番直近で再びスポーツに関わるイベントがあり、今回は特にその日のお話をしたいと思います。

 

そのイベントとは?あの<イチロー選手>のお父様でいらっしゃる<チチローさん>こと鈴木宣之さんと『親と子の絆』をテーマにパネルディスカッションをさせて頂いたのです。鈴木さんは、子供の成長過程における様々な局面で親としてどう接してこられたかというようなことをお話しになり、私は「壁にぶつかったと感じた時、親からもらった言葉や励ましが子供心にどう響いたか?」というお話しをさせて頂きました。私はこれまで今回のようなパネルがあると他競技のアスリートの方々や指導者の方々とご一緒することばかりだったのですが、ところが今回、自分でも意外なことに、トップアスリートを影で支え育て上げたご家族からのお話しをお聞きするのは初めてでした。だからより一層、鈴木さんの話される言葉一つ一つが本当に新鮮に耳に飛び込んできたのだと思います。

 

家族と過ごすとき、人はおそらく一番リラックスして、感情を最も解放できると思うんです。だから鈴木さんがお話しになる遠い日のイチロー少年は、今の知的でクールなイチロー選手と全然イメージが違いました。素のイチロー少年はとにかく一にも二にも野球が大好きで、負けず嫌いで、夜寝るときもいつもバットとボールとグローブが一緒で、ときにはお父さんと熱く野球論議を戦わして、小学校に野球部がなかったイチロー少年は、お父さんに毎日日がとっぷり落ちるまで稽古をつけてもらい、晩御飯を食べたらまた素振り。バッティングセンターのあの有名な逸話もこの時代のお話。日焼けして真っ黒なまだ小さなイチロー少年の姿が思い浮かんできて、なんだかその姿を想像すると微笑ましくて思わず笑顔になっていました。

 

お話しの中で印象に残ったのが、<親は子供に嘘をついてはいけない>ということ。子供との約束は必ず守る、と強く心に決めていらっしゃったそうです。そのかわりこれは相当な覚悟がいることでした。

「イチローとは、イチローが小学3年生から中学3年生になるまで毎日欠かすことなく下校後、野球の練習をすると約束をしたので、私の方も納品があっても何が何でも3時半までに仕事を片付け、ときに妻や会社の社員が力を貸してくれて、やり続けることができました。大の大人が仕事もしないで子供とその時間から野球をしていると当然近所や周りから『何やってんだ?プロにさそうとか真面目に思ってんのか?』と冷ややかな目で見られていたことも知っていました。しかし、子供は親を見ています。約束を守ることで確かな信頼感が築かれます。子供は『自分を大切に思ってくれている!』と肌で感じ、自然とそれに応えようとするのではないでしょうか?」と秘話を聞かせて下さいました。

 

そして<子供にはたくさんのスキンシップを>と。
男の子に男親がスキンシップ?と一瞬驚いたのですが、お話によると「ケンカをすることもありました。やっぱり男同志だから、お互いにごめんと言い出しにくい。そんなときはイチローが寝てから、そっと足元の布団をめくって、足の裏をマッサージしてやるんです。子供にスキンシップをとってやるんです。私は心の中で『言い過ぎたな。ごめんな。でも必ず乗り越えて頑張ってほしい』と呟きながらやるんです。おそらくイチローも本当は起きていたと思います。そして『ああ。お父さん、僕のこともう許してくれてるのかな』と、子供心にほっとしたと思うんです。男同志は言葉より、さりげない態度で会話する日もあっていいと思います。」これで納得です。強い絆が結ばれるはずです。子供が一生懸命頑張れるのは精神的な安心感があってこそだと思います。イチロー選手の強さの本質が少しだけ見えたような気がしました。

 

鈴木さんも、私も、スポーツを純粋に愛し、少しでも上手くなりたい、向上したいと願い長年の時間を費やしました。そしてその取り組みの中で学べたものは、世代を超えた人と人の絆、信頼、諦めない心、健康(体調管理)・・・言葉に挙げると切りがありません。気づくと、この学びは、人の営みの中でなくてはならないことばかりです。生かさずにどうする?という感じです。今回、鈴木さんとご一緒させて頂いたお陰で私がこれまで感じていたことに確信を得ました。未来を担う子供達に安心感を提供できる大人でありたいと思います。信頼と絆を子供達にいっぱい感じてもらいたいと思います。そんな熱い思いを持った最近の出来事でした。