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コラム 政治・経済

2010年10月05日

中国のカントリーリスク

 尖閣諸島近海での中国漁船と日本の巡視艇の衝突事件では、多くの日本人が怒るというより驚いたと思う。なぜ中国はあのように強硬な姿勢を貫いたのか。丹羽大使を何度も呼んで抗議しただけでなく、一度などは休日の深夜という異例の時刻に呼び出した。

 閣僚級の交流停止、ガス田をめぐる条約交渉中止、航空交渉の停止などなど矢継ぎ早に圧力を強めてくる様は、異様としか言いようがなかった。さらには日本への団体旅行のキャンセルやらレアアースの輸出停止といった政治とは直接関係のない分野にまで中国側の圧力が及んだ。さらにゼネコン、フジタの社員4人が軍事管理区域で無断撮影をしたとして拘束されてもいる。

 日本側が中国の対応を読み違えたという側面もあるようだ。2012年に権力の継承を控えていることから、中国では権力闘争が進行中とされている。穏健派である胡錦濤主席に対して強硬派の巻き返しが行われているとされ、もしここで日本に対して優柔な姿勢を取れば強硬派につけいる隙を与えることになるというのである。だから早く日本に船長を釈放してもらいたかったのだという。

 しかし国内的にどんな理由があるにせよ、今回の中国の対応で理解できないのは、レアアースの輸出停止や通関の遅れをもたらすような税関検査の強化といった「措置」まで絡めてきたことだ。レアアースの輸出が止まっていることについては、中国政府はさすがに「指示していない」と釈明しているが、実際に指示を出そうが出すまいが、そういった「圧力」をかけてくるというところが問題なのだ。

 二国間の対立が抜き差しならないところまで高まるようなケースなら、貿易や人の往来に影響するのは仕方がないとしても、今回の日中間の衝突はそのようなレベルの話ではない(だから日本政府は対応を読み違えたのかもしれない)。それなのに中国側はビジネスの世界にまで圧力をかけてきた。

 国と国の関係が時にはこじれるのはよくあることだ。しかしだからといって政府が民間企業のビジネスにまで口を出すのは「時代遅れ」のやり方だと思う。二度にわたる石油ショックは、産油国が石油という国際商品を武器に原油価格の引き上げや政治的意図を押し通そうとしたものだが、結果的には必ずしも成功したわけではない。石油価格を引き上げれば、省エネが進み、代替燃料の開発が促進されることになる。

 ロシアがウクライナへの天然ガス供給を停止して、その余波でヨーロッパが燃料不足に陥ったことがある。その結果、ロシアから、あるいはロシアを経由する石油や天然ガスの供給に懸念が高まって、ヨーロッパはエネルギー供給の多様化を進めるようになった。

 今回のレアアースの「事件」は中国におけるビジネスが抱えるリスクを全世界の企業にはっきりと認識させることになったと思う。とりわけ日本企業はこうしたリスクに関して無頓着なところがあるが、実際にはフジタの件も含めて中国のカントリーリスクをもう一度評価しなおすことが必要だと思う。

 アメリカのブッシュ前大統領が、インドを「世界最大の民主主義国」と呼んだことがある。この発言自体にはいろいろ裏があると思うが、中国と政治体制が違うという点については、日本企業ももっと留意すべきかもしれない。民主主義国であるということは、国の行動がある程度予測がつくということだ。予測がつけば先に手を打つことも可能である。

 中国の場合、予測がつきにくいということに加えて、ビジネスの世界で人脈が物を言うということもある。もちろんどの国でもある程度はそうだが、ルールは透明でなければならない(日本もかつてルールが透明ではないと批判された)。透明性を欠くから、汚職がはびこるという面があり、それが先進国企業の悩みの種にもなっている。

 紆余曲折はあっても、中国はこれからも発展し続ける。日本企業にとっては成長する市場としての魅力も大きい。それに何といっても漢字という理解できる言葉もある。それでも中国は政治体制の違う国で、これがいつどのように変化するのか、やがては民主主義国になるのかどうか、それは誰にもわからない。そして中国が成長を続けるときに、資源をがぶ飲みする国になることも明白だ。そうなればなるほど日本も含めてあちこちで角を突き合わせることになるのも明らかである。

 とかく政治とビジネスは別だと思いがちな日本企業。今回の事件は、そういった日本企業にどのような教訓を与えただろうか。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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