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コラム 政治・経済

2015年04月24日

リスクを取るか取らないか

原発について注目すべき判決が二つでた。同じような訴訟だが結果はまるで反対である。ひとつは関西電力高浜原発再稼働差し止め請求に関わる福井地裁判決、もうひとつは九州電力川内原発再稼働に関わる鹿児島地裁の判決である。

最も明白な違いは、2011年の東京電力福島第一原発の事故を受けて原子力規制委員会がつくった「世界でも最も厳しい」規制に関する評価だ。福井地裁の判決文では新規性基準は「緩やかにすぎ、これに適合しても本件原発の安全性は確保されていない。新規制基準は合理性を欠く」とまでばっさり切られてしまった。

「新規制基準に求められるべき合理性とは、原発の設備が基準に適合すれば深刻な災害を引き起こすおそれが万が一にもないといえるような厳格な内容を備えていることであると解すべき」というのがその理由である。この「万が一にもない」というほどの厳格さは、100万分の1ならいいのか、それともリスクはゼロでなければならないのか。裁判長はどう考えていただろう。

問題はここにあると思う。どのようなものでも100%の安全を保証することはできない。たとえば飛行機。100%安全でなければ乗らないということではあるまい。自動車だって自分がいくら注意深く運転していても、他人がぶつかってくることもある。運転している人が失神したり発作を起こしたりすることもある。どんなに技術が発達しても、その先に必ず想定外のことがあり、それがある以上、100%安全とはいえない。

福島第一原発事故のひとつの教訓は、立地した自治体や住民が100%の安全を求めたために、関係者が「絶対に安全」と言い続け、その結果、皆でそれを信じてしまったところにあると思う。つまり100%安全ではないから、いろいろ想定しながら少しでも安全性を高めていこうということにならなかったところにある。

典型的には、あの3.11の2カ月ほど前、原子力規制委員会の斑目委員長は、「(原子力発電所の)全電源喪失ということは日本では絶対にありえない」と国会で証言した。核燃料を冷却しつづけるためには電力が必要なのだが、もし地震などで電気が止まっても、予備電源や外部電源で冷却が可能だとしたのだ。そして福島第一原発では全電源喪失という致命的な事故が起こった。もしもさらに電源の予備を用意しておけば、原子炉のメルトダウンは避けられたかもしれない。

この事故以来、日本では100%安全でないものは動かしてはいけないとい雰囲気が強くなり、それは今でも変わらない。死者が出ていないとはいえ、今でも10万人をくだらない人々が避難したままだし、戻れる見込みが立たない地域もたくさんある。

医療においても100%安全ということはない。再生医療で期待されているiPS細胞。日本で最初の実用例は理研で行われた加齢黄斑変性の患者に対する網膜手術だった。治験にあたった医師は「最初の例だからとにかく安全を確かめるために時間をかけた」と語っている。それでも100%安全ということはないのだが、患者も医師も納得できるところまで安全を確保しようとしたということだと思う。

それでもリスクは残る。結局はリスクとベネフィットを天秤にかけて、ベネフィットのほうが大きいと判断できれば「リスクを取る」ということなのだろうと思う。飛行機などはリスクはかなり小さいし、ベネフィットのほうが大きいと思うから利用している。事故が続く航空会社を利用しないのは、リスクが少し大きくなったという気持ちがあるからだ。車を運転するのも同じことだ。もちろん決断が簡単でないことも多い。その典型例が原発だ。

企業経営にも同じことが言えるかもしれない。たとえば長年堅実に経営している企業が経営方針を大きく変えることにはリスクがある。しかし同じ業態をずっと続けることは恐らく不可能だ。環境がどんどん変わっていくからだ。世界のテレビを席巻していた日本企業がこうももろく韓国企業にやられると予想した人は少なかっただろう。トヨタ自動車がいつまで世界最有力メーカーでいられるか、そもそも自動車がいつまで自動車でいられるかということも考えておかなければなるまい。

そして経営方針を変えていく。その大きな決断はリスクを伴う。そうすると経営者の判断は、取るべき価値がある(見返りが大きい)リスクなのかどうかを判断することだ。間違っても、リスクをゼロにしようなどと考えるべきではない。なぜなら、リスクをゼロにするためにかけるコスト(とりわけ時間)がリスクを大きくすることになりかねないからである。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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