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コラム 教育

2011年02月18日

学ぶ楽しさ 素晴らしさ

 皆さんは、夜間中学校をご存知ですか。
1993年、山田洋次監督の映画「学校」で、夜間中学校が映画の舞台として取り上げられました。この映画には、「学ぶことも、教えることも、ともに大きな喜びに満ちたものなのだ」という山田監督の熱いメッセージが込められており、学校や教育のあり方をめぐって大きな反響を呼びました。西田敏行さん扮する主人公の黒井先生のモデルとなったのは、荒川区立第九中学校夜間学級にいた見城慶和先生です。
 見城先生は、夜間中学校教育一筋に取り組んでこられた方で、困難の中、勉強を続ける生徒たちに励ましと自信を与え続け、教育成果をあげてきた方でもあります。
定年退職後の現在も統廃合で空くことになった文花中学校の校舎を使って、夜間中学生を中心にした学びの場「えんぴつの会」を運営していらっしゃいます。
 私は、この映画を観て、教育とは、学校とは、その深い部分をもっと知りたく思い、見城先生に会いにいったことがあります。

 夜間中学校は戦後の1947年大阪で誕生しました。「これは、家庭の事情などで昼間の中学校に通うことのできない子どものために、現場の教師が自主的に夜間授業を設けたのが始まりで、その後各地の中学校に広がっていくようになりました。義務教育の一環ではあるんですが、制度の中で明文化されていないので、一部の中学校で例外的に二部授業を行っているという位置づけになります。ここにやってくるのは、いつの時代も社会の中でいちばん立場の弱く、痛みをもつ人々です」と、見城さんは話してくれました。

 私がおじゃました「えんぴつの会」は、月に千円の教材費だけで、授業料はなし。先生はじめスタッフ全員がボランティア。ここには、幼い頃、家が貧しく教育を受けることができなかったことで、まったく読み書きができなかったおじいさんや、20年間ひきこもりだった女性、不登校の若者、中国残留孤児や在日韓国人の方などそれぞれ事情をかかえながら生きてきた人たちが在籍しています。生徒さんの年齢は、十代の若者から九十歳近い人まで、その国籍も様々ですが、年齢や国籍を超えて「学ぶ」というただ一つの目的のために結ばれた現場でもありました。
 町に灯りがともる頃、教室では明るい元気な声が飛び交います。国語の授業で見城先生が、黒板に大きな字で「温」という字を書きました。すると「あー見たことあるよ~。あたたかいと読むんじゃない」、「温泉のおんだ~」と教室のあちこちから元気の良い楽しそうな声が聞こえてきました。「へ~温泉のおんか」皆の顔が輝いていました。ここには、いやいや学ぶ人は一人もおらず、学びたいという意欲を持つ人ばかり。いつでも学ぶことができる恵まれた環境にいると、学べることのありがたさを忘れてしまいがちですが、ここにやってくる人たちは、真の学ぶことの喜びを知っている人たちばかり、学べなかった時を自らの力で取り戻そうと必死で学んでいます。いつの間にか私も授業の輪に入って一緒に楽しみながら学びなおしている自分の姿を見ることになりました。そして、なぜか心がとても温かく嬉しく感じたことを、今でも脳裏に浮んできます。

 脚光を浴びることのない夜間中学校の存在とその歴史の重さは、そのまま若い頃に教育の場をゆっくり与えてもらえないまま人生を歩まざるをえなかった人たちの学びの尊さやそれぞれの人生の重さに繋がるように思います。学校とはなにか、教育とはどうあるべきかを考えさせられた瞬間でもありました。

 いつの時代も、育つ環境や様々な理由で本来子ども期に受けられる権利を、受けられないで過ごさざるをえない子どもたちが多く存在しています。文字を読み書きできない辛さは、その人にしかわからない痛みでもあります。自分の名前すら書けない人が現実にいるということを、忘れてはなりません。教育は全ての子どもたちに与えられた権利です。その権利をいかなる理由があろうとも奪ってはなりません。子どもの貧困や教育格差が叫ばれるなか、国はそれを正す方向に向かっていく必要性があるとともに、様々な状況におかれた際も、その状況に対応して学ぶことができる教育現場がありつづけることが必要になるように思います。夜間中学校もその一つです。
五十三歳で初めて読み書きを覚えた見城先生の生徒さんが、卒業する時に書いた詩があります。

    「鈍行列車」
 私は幼いとき 家がまずしかったので 学校へ行くことができなかった。
 ずいぶん年をとってから 私は私の乗れる汽車をみつけた。
 それは 夜間中学校という鈍行列車 
 私の乗った駅は 荒川九中二部駅 (「夜間中学校の青春) 見城慶和著より)

今の教育現場は、鈍行列車とはいきません。人の育ちにとって何が大切なのか、そして、全ての子どもたちが学ぶことの楽しさを知るために、教育は、そして学校はどうあるべきか考えていく時にきているように思います。私も教育現場にいる人間の一人として、鈍行列車の詩からの学びを大切にしていきたいと思います。
子どもの権利を守り育むことは、やがて社会を守ることに繋がるのではないでしょうか。

春日美奈子

春日美奈子

春日美奈子かすがみなこ

フリージャーナリスト

國學院大學大学院法律研究科法律学専攻修士課程修了。報道畑25年の経験を生かし、少年院や教護院(現・児童自立支援施設)での実習を通し、常に現場の”今”や”生の声”を大切にして、少年問題に取り組んでいる。

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